「うまく騙されてくれよ」
ジョウはハッキングしていたコンピュータシステムからプラグを引き抜いた。
格納庫の片隅にある緊急用コントロールルーム。
200メートル級の外洋宇宙船であれば必ず格納庫に設置してあるものだ。
ECM障害によるシステムの復旧後、ジョウはすばやく船内質量計の数値を修正していた。
うまくいけば、これで侵入した形跡を当分の間は気付かれない筈であった。

一隻の搭載艇が格納庫に入船したのとほぼ同時に、クラッシュジャケットと簡易ヘルメットをつけただけのジョウは、ある脱出用ハッチから侵入していた。
格納庫に酸素が満たされ、数人の乗組員が搭載艇に駆け寄って来た。彼らはすぐに搭載艇の外部、内部への入念なチェックに入る。その為か、ジョウの侵入に気付いた者は居ないようだった。
その搭載艇のタラップからふたりの人影が降り立った。
ひとりはほっそりした容姿をサファイアブルーのスーツに包んだ若い女。
緩くウェーブした金髪が肩から背中へと流れ、手には銀色に光るメタルケースを持っている。
そしてその後ろからはダークグリーンのクラッシュジャケットを身に付けた男が、その若い女をガードするかのように付き添った。
乗組員のひとりが船内へと通じるドアに二人をうながす。
その時若い女が、わずかにその碧眼を宙に泳がせた。
まるで、そこに居る『誰か』を探すかのように。

ジョウは我知らず、奥歯をぎりっとならしていた。
出来れば自分がずっと傍らに付いていたいところなのだが、今回の状況はそれが許されなかった。

――何故なら、海賊からの招待リストの中にジョウの名前は無かったのだから。



「おお、待ちかねたよ客人方。俺が船長のウェイザーだ。豪華客船ではないので乗り心地の保証はできんが、しばらくの船旅をゆっくり楽しんでくれ」
ブリッジに通された二人を低いだみ声が迎えた。
ブルーグレイのスペースジャケットを身に付けた大柄な男が、キャプテンシートから立ち上がる。ごついスキンヘッドとは対照的に口から下を覆う縮れた髭がユーモラスな感じを与えていたが、その瞳には隙のない鋭さが光っていた。

「もうすでに俺はホームシックだ。どうも自分の宇宙船じゃないと落ち着かん。出来れば俺たちの船でリゾート地までの快適な旅をしたかったぜ」
クラッシュジャケットを着た男が臆せず、肩をすくめてぼやいた。
「気の毒だが、そういう訳にもいかんのだよ。クラッシャーの船が俺たちの縄張りに入ってきたとなったら、それこそ上がうるさくてかなわねェ。海賊ってやつは意外と用心深いものでな」
「クラッシャーごときにそんなに怯えるたあ、ドギーズ・パイレーツも噂ほどにもねェな」
「過去にいろいろと痛い目にあってるらしいんでね」
ウェイザーは男の皮肉も気にせず、器用に片目をつむってみせた。

「それはそうと……入船直前にECM障害が出たが?」
「そうか?こっちの機器に異常はなかったぜ」 男はかぶりを振って、さらりと受け流した。
「……気をつけな。今度勝手の違った事をやらかしたら、身の安全は保障できねェ。俺の船は気の荒いやつが多いんでね」
ウェイザーは目の前のクラッシャーから視線を外さず、低い声で釘を刺した。

そしてふと気付いたように、男の後ろに視線をやる。
「ほぉ。こりゃあ……」
感嘆の声と共に思わず一歩近づいた。
「噂以上のミス・ブルーだな。そのメタルケースの中身より、お宝かもな」
サファイアブルーのスーツ姿の女を下から上へと舐めるように眺める。
さかさずクラッシャーがその眼前に割り込み、執拗な視線を遮った。
「彼女は今回の件には一切関係ない。用件が済んだらすぐに解放する約束だ」
鋭い双眸がウェイザーを睨みつける。
海賊船の船長はあわてて両手を振ってみせた。
「分かってるって。彼女のその碧眼の虹彩しかメタルケースを開けられないんだろ?丁重にもてなすから安心しな、クラッシャーガーベイ」
ウェイザーが髭に隠れた口端をあげたのが分かった。が、その目は笑ってはいなかった。







――話は49時間程前に遡る。
アラミスとの緊急回線が繋がった。
クラッシャーガーベイは<ルイーダ>のブリッジではなく、自分の船室から個人回線でコンタクトを取っていた。
「クラッシャーガーベイ。概要は大体了解した。すぐに別チームを派遣するので彼らに情報提示の上、協力して速やかに作戦に入れ」
ノイズが入って聞き取りにくいが、凛とした威厳のある声が流れた。 ハイレベルな盗聴システムを稼動させているため、モニタはブラックアウトしたままの音声のみの通信だった。
「本当に。ご迷惑をおかけします、議長」
ガーベイはその角張った顎をひき、姿の見えないモニタに向って頭を下げた。
「おまえはチームリーダー失格だ。チームメイトのカルロスが連絡してこなかったら、どうするつもりだった?」
クラッシャー評議会議長のダンは厳しい口調で続けた。
「いかなる契約事項があろうと仲間の救出が最優先だ。クラッシャーならまだしも非力な女子供が人質に取られている。おまえのチーム内で解決できることではないぞ」
「面目ねェことです。まさかあいつらが『真の碧』と引き換えに、家族に手を出すとは……。本当に迂闊でした」
ガーベイはその実直そうな顔を歪ませ、苦しそうに呟いた。

そんな気配を察したのかダンはしばらくの沈黙の後、静かに訊いてきた。
「子供たちは何人だ?上の子はいくつになった?」
「昨年ジニーが産まれましたんで、5人です。一番上の姉貴は今年9歳になります」
「確かキャサリンといったかな?昨年の養成スクールのセレモニーで話したことがある」
ダンが回線の向うで含み笑いするのが分かった。
「おまえ達があんまりジョウのことを兄貴のように教え込むので、私をじいちゃん呼ばわりしてたぞ」
「そ、そんなことを。すみません、今度よく言って聞かせます」
ガーベイは額に大粒の汗を浮かべ、頭をデスクに擦り付けんばかりに何度も下げていた。

「クラッシャーの面子や体裁なぞ、この際どうでもいい。家族の救出が最優先だ。その為にはアラミスは全面協力を惜しまない」
ダンが口調に厳しさを戻して言った。
「ジョウの方にも指定ポイントで落ち合うよう連絡済みだ。一刻の猶予も許されない。最上の作戦で事に当たれ」
「本当に……ご子息まで巻き込んでしまいやして」
「ジョウを選んだのは評議会の決定だ。それに……おまえの息子でもあるんだろう?家族を救出するのは当然だ」
モニタの向こう側のダンの表情はうかがえなかったが、ガーベイはその言葉に中に何か暖かいものを感じていた。
「必ずアリエスと子供たちを連れて……アラミスに戻ります」
ガーベイはまるでダンが映っているかのように、ブラックアウトしているモニタをじっと見つめたまま言った。
「待っている」
短い言葉とともに、通信回線がオフになった。







ダマスカス宇宙港に燃料と物資の補給のために繋留されている<ルイーダ>を他のチームメイトに任せ、ガーベイはひとりターミナルB−19へ向かった。
途中、部品の調達や各種手続きを行いながらさりげなく、周りの様子を確認する。
――尾行されている様子は、無いな。

そして突然脇の細い通路に入り、暗がりの壁の一部を肩で押した。と、一見視認できないような空間がぽっかりと開き、あっという間にガーベイの身体を呑みこんだ。

薄暗い店内の光に目が慣れるまで数十秒かかった。
目が慣れてくるとアンティークなスツールが並ぶアイリッシュ・バーのようだった。
「久しぶりだな。ガーベイ」
ガーベイは名前を呼ばれた声の方に顔を向け、その小さいな目を細めた。
「驚いたぜ。まだちゃんと生きてるとはな。地上(おか)にあがったらクラッシャーは呼吸できないと思ってたが、あんたのその図太い神経ならば問題ないようだな」
薄暗い奥のカウンターにラフなチェックのネルシャツを着た痩せ気味の男が立っていた。縮れた頭髪と口ひげに白いものが混じってきている。
「相変わらずのへらず口だな。昔一緒に組んでやった仕事の恩を忘れたか?」
「よく言うぜ。あの仕事以来、俺には惑星改造のオファーがひとつもこなくなったんだぜ?マルディ−ニ」
「おまえに向いてないことが分かっただけでも、良かっただろ?それにしても珍しい客人と待ち合わせなんだな。俺ァ、とたんに歳くった気がして今日はいくら呑んでも酔えん」
マルディーニはそうぼやいて、目の前の琥珀色の液体が入ったショットグラスを持ち上げてみせた。
「俺なんか初めて会うんだ。でかくなったか?」
「おまえの若い頃より数倍イイ男だぜ。それに”とびきり”のも連れてる」
「とびきり?」
マルディーニはその問いには答えず、目線で奥の木製ドアを示した。


小さな奥の部屋に入ると、人影がふたつ立ち上がった。
「待たせて悪かった。俺がクラッシャーガーベイだ」
テーブルに近づきながら右手を差し出す。暗がりから相手の右手が現れ、ガーベイの手をしっかりと握り返した。
「クラッシャージョウだ」
薄暗いランプの元に若い端正な顔立ちの青年が現れた。意志の強そうな漆黒の瞳が炯る。
ガーベイは少し驚いて言葉を続けた。
「アリエスが小さい頃の写真をよく送ってきていたが……それがもうこんな一人前の男になったのか?俺も歳をくうわけだ」
最後の方はぼやくように呟いた。
「そんなことはない。あんたは俺が写真で見た時とそのまま、変わっていない」
ジョウはアリエスの部屋に置いてあった写真を想い出しながら、正直に言った。
「ついさっきまではそのつもりだったんだがな。で、そちらは?」
ガーベイがジョウの斜め後ろに立つ、ほっそりとした姿に目をやった。
「はじめまして」
そう言ってランプの光の下に現れたのは、息を呑むような美少女だった。
薄暗い照明にさえ眩く光る金髪にガーベイは思わず目を細める。そして自分を真っ直ぐに見つめる碧眼に気付いた。
「驚いたぜ。もうミス・ブルーを連れてきたのか?」
「いや、彼女はチームメイトだ。航法士のクラッシャーアルフィン」
ジョウが紹介するとアルフィンは浅く会釈して、ガーベイと握手を交わした。

どちらからともなく椅子に腰を下ろし、本題に入る。
「仕事の途中に呼び出して、本当に申し訳なく思う。なんとも面目ない話だ」
ガーベイがいきなり頭を下げた。
「気にしないで欲しい。仕事は7割方終わっていた。あとはアラミスが手配したヤンのチームが引き継いでくれている。俺達は最優先で家族の救出にあたる」
ジョウが務めて事務的な口調で、言葉を継いだ。
「ご家族は……無事か?」
「8時間程前まではな。不当な扱いは受けていないようだ。姉貴がしっかり受け答えしてたし、下の子たちも皆元気だ。赤ん坊はアリエスの腕の中で寝てた」
ガーベイは深刻にならないよう、軽い調子で説明した。話しながら手近にあったジャグからグラスへと水を注ぎ、一気にあおる。
「あいつらもクラッシャーの家族だ。きっと大丈夫だ」
ガーベイはジョウの姿の先になにかがあるかのように、視線を外さないまま呟いた。その言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。







ガーベイは太陽系国家トレビスの第5惑星ザウンダウンからひとつの鉱石を運んでいた。
ジャスパー・ダイアモンドと呼ばれる原石が約210カラット。
これを最高の研磨技術で磨けば、銀河の至宝と称される宝石へと生まれ変わる。
その光の加減で碧の色彩度が変化する宝石は数ある高貴石と肩を並べ、銀河系の国家及び大富豪たちの垂涎の的であった。
そして高貴なその碧の色を賞賛して、いつしか人々はその石をこう呼ぶようになった。
――『真の碧〜Genuine Blue〜』と。

しかし、この『真の碧』の姿はそのひとつだけでは無かった。
正式な化学式名称はネオ・テトラニウム。
2151年にスヴェイコビッチ博士によって発見された鉱石でもあった。
この新しい鉱石を原料の一部として特殊な工程を経て原子反応をさせると、ウラニウム鉱石の数万倍とも言われる原子核融合爆発を起こす事が可能であった。
扱いによっては危険極まりない鉱物であったが、この種の兵器原料には珍しく、いくつかの条件が重ならない限り、人体に直接影響が出るような放射線波等は一切検出されなかった。それゆえ、通常の研磨工程を経て、高貴石としての知名度の方が高い鉱物であった。

――銀河の至宝と賞賛される宝玉の顔と、人類の幕引きを司る死神と。
『真の碧』は、そのふたつの顔を同時にもつ石であった。

この新しい鉱石をガーベイが運ぶのは二度目だった。
太陽系国家トレビス首席たっての希望により、今回もガーベイに白羽の矢がたった。
初めての輸送での手際の鮮やかさと、仕事の堅実さを買われての再度の依頼。いまだならず者のイメージが根強く残るクラッシャーとしては栄誉ある仕事でもあった。
そして前回の輸送時、トレビス側の責任者であった科学技術大臣が現首席のカートランドであったのだ。

「『真の碧』の噂は聞いていたが。そんなに物騒なものだったのか」
ガーベイからの大体の説明を聞き終えたジョウは、上体を起こしておもむろに腕を組んだ。
「150カラット以下、純度87wt%以下であれば、問題はない。が、少しでもそれらの条件を上回れば、十分兵器への転用は可能なんだ。今回運ぶ高純度のジャスパー・ダイアモンドはザウンダウンでしか産出しない種類なので、より希少価値も危険も高い」
ガーベイが身体を乗り出し、テーブルに右肘を置いた。
「しかし、現主席のカートランドは元々科学技術者だった。『真の碧』の恐ろしいほどの威力を知るからこそ、心から兵器への利用を嫌悪している。その彼の意志もあって、この輸送の時には『真の碧』の銀河の至宝としての価値を再認識させるために、様々な趣向を凝らしている」
「そこでミス・ブルーの登場か」
ジョウの言葉にガーベイは無言でうなずいた。
「『真の碧』イコール『トレビス』だ。国民が自国で産出した至宝を誇りに思い、国民の中からその宝玉に最もふさわしい者を『ミス・ブルー』として選びだす。ミス・ブルーは43カラットもの大きさのジャスパー・ダイアンモンドを常にその胸元に付け、あらゆる国家行事に列席する。もちろん『真の碧』が登場する時は、彼女はそれを護る妖精のごとく、常にその石の傍らに付き添う。その姿は国民の文化的・芸術的意識を向上させ、しいては対外的にもトレビスのイメージアップに繋がるという訳だ」
「確かに兵器開発の原材料産出国としてのイメージよりも、銀河の至宝をかかえる文化芸術大国としてのイメージの方が対外的にもウケがいいし、経済効果も期待できるわ」
今まで黙っていたアルフィンが、初めて口を開いた。

「本当に『真の碧』を保管しているメタルケースはミス・ブルーしか開けられないのか?」
「正確に言えば<碧眼の虹彩>だ。仕組みはよく分からんが虹彩の碧の彩度・色度を認識して開くようになっているらしい。その彩度の幅も厳密には規定があるらしいが、そんな稀少な彩度ではないんだ。乱暴に言えば、碧眼でありさえすればいい。だが、登録してしまったら勿論その『ミス・ブルー』の虹彩にしか反応しない」
「なるほど。それもパフォーマンスの一環と云うわけだ」
「いや、まったく驚いたぜ。そこまでミス・ブルーのことを調べてこんな金髪碧眼の美人を連れてきたのかと思ってな」
ガーベイが本当に驚いた、という様子で両手を挙げてみせた。
「残念ながらまったくの偶然だ。しかし……その偶然を上手く利用できれば、と思っている。ミス・ブルーの入れ替わりに問題が無いのであれば、彼女にその役を演じてもらう」
ジョウが苦笑しながら答え、隣に座るアルフィンに視線をやる。
その申し出にガーベイはちょっと躊躇してから、低い声で答えた。
「危険な役だが……構わないか?俺もミス・ブルーとは云え、実は民間人を巻き込みたくは無かったのだ。彼女が承諾してくれるのであれば、本当に助かる」
「私もクラッシャーです。ご家族を速やかに救出するためなら、どんなことでもしますわ」
アルフィンはその碧眼を真っ直ぐガーベイに向け、淀みなく言い切った。
ガーベイは顎を浅く引き、うなずいた。
「ありがたい申し出だ。早速、碧眼の虹彩登録に取り掛かろう。実は主席個人だけにはすべて実情を伝えてある」
「現物の『真の碧』を持ち出しても構わないのか?」
ガーベイがジョウから視線をそらさずに、頷いた。
「海賊の知識もあなどれん。ダミーは通用しないと思っていいだろう。トレビスとしては絶対に公には出来ないが、幸いなことに首席が絶対の信頼を置いてくれている」
「クライアントが了解してくれているのは大きいな」
「しかし、主席個人だけだ。トレビス側の関係者には一切知らされていない。問題は誰が敵で誰が味方かわからんということだ」
「内通者がいるのか?」
「それか完璧に相手に盗聴されているか、だ。俺個人の情報や輸送スケジュールが筒抜けだったらしい。チームメイトは完全に信頼しているが、どこから情報が漏れているか分からない現在、出来るだけ秘密裡に行動したい。よって君達との作戦も極秘だ」
「情報が少ない上に隠れて動くのは、キツイな」 ジョウが小さくかぶりをふって言う。
「苦しいところだが、仕方ない。で、それを踏まえた上での作戦を立ててみた」
「いいだろう。こちらの作戦と突合せしてみて最上のものを、作る」
ふたりのクラッシャーの視線がかち合った。
ジョウが無意識に拳を握り締める。
「必ずアリエスと子供たちを、救い出す」







「あっつーい!温度調節機能がないの、ここ?」
アルフィンがその細い金髪をかきあげながら、うんざりした口調で文句を言った。
「しようがないだろ。弾薬庫行きのカーゴに温度調節機能なんてつける必要は無いさ。それとも零下40度の冷凍カーゴの方がよかったか?」
カーゴ内の暗闇の中でも、ジョウの目が笑っているのが分かった。
アルフィンは返事のかわりにジョウの脇腹にエルボを入れる。ジョウがたまらず、呻いた。

身体にはっきりとした振動を感じた。宇宙港のロジスティック・センターからリフトで運ばれているらしい。
「それにしても……<ルイーダ>に乗り込むのに本当にこんな方法しかなかったの?」
「極秘任務なんだぜ?堂々と<ルイーダ>のタラップを昇る訳にはいかないだろう。とりあえずロジスティック・センター経由の物資ならばすぐにチェックすることもないだろうし、そこはガーベイが上手くやるさ」
いくらクラッシュジャケットが体温調節をしてくれるとはいえ、頭部をさらけ出していてはあまり効果がないようだった。ジョウは目に入る汗をぬぐった。


「ガーベイって。強い人ね」膝を抱えていたアルフィンが突然、言った。
「本当は家族が心配で気が狂いそうだと思うのに。私たちに気を使ってあまり顔には出さないのね」
「ああ」ジョウが短く相槌を打つ。
「……でも」
アルフィンが床の一点を見つめながら小さい声で呟いた。
「ジャグからグラスに水を注ぐ時……手が震えていたわ」
ジョウが少し驚いたようにアルフィンを見た。
そして同じように床に視線を落とし、黙り込む。
しばらく二人ともそれぞれの想いに耽っていた。
が、アルフィンがふいに口を開いた。
「毎年、クリスマスにカードが届くのって。そのアリエスさんからでしょ?」
「あ、ああ」
また突然の問いかけに、ジョウが目をしばたたかせる。
「あれ、なんでバースデイカードなの?」
「え?そうだったか?」
「やあねェ。ちゃんと読んでないの?私いつも気になっていたのよね」
「ふうん。間違ったんじゃないか?アリエスらしいけどな」
ジョウが顎を上げて何かを思い出したかのように笑った。

「アリエスって。いつかジョウが寝言で呼んでた人でしょ?」
「そ、そんなことあったっけかな」
ジョウはすっかり忘れているふうを装ったが、実はそれが発端でアルフィンは荒れ狂い、<ミネルバ>のリビングを滅茶苦茶にしたことがあったのだ。
ジョウはもちろん、その時アルフィンに投げつけたれた真鍮製ランプが頭に直撃した痛さまでリアルに覚えていた。
「どういう関係なの?」
「だから言ったろ。アラミスに居た頃、近所に住んでて世話になったって」
「……ふうん」
「なんだよ」
「タロスに聞いたわ。アリエスってすっごい美人なんでしょ?」
「うーん。まあ一般的に言えばそうなるかな」
「ふん」
アルフィンが気に入らなさそうにつん、と横を向いた。
ジョウはその横顔を見ながらしばらく苦笑していたが、やがて荷物のひとつに上体をもたせかけて、ゆっくりと話し出した。
「なんだろうな。ひとりで育ってきたせいか、俺は生きていくのに他人なんか必要ないと思ってた。親なんて居なくても子供は育つし、他人も別に俺のことなんて必要ないだろう、と思ってたんだ」
特にアルフィンを意識して話してるふうでもなく、ジョウは淡々と話し続ける。
「でも、なんて言うかな。アリエスと会ってからは周りに他人が居ることが嫌じゃなくなったな。頑なに自分の周りに壁を作る必要もないし、他人が近づいてくるのを拒絶する必要もない。誰かが傍に居てくれるのも悪くはないな……と、初めて思った」
ジョウはそこで少し肩をすくめてみせた。
アルフィンはいつもとは違う饒舌な彼に少し驚いていた。その碧眼を暗がりの中で凝らし、表情の見えないジョウの姿をじっと見つめる。
「それはクラッシャーでチームを組んだ時に改めて思った。自分はひとりで生きている訳じゃないし、生きていかなくてもいいんだってことをさ」

「アリエスって……すごい人ね」
しばらく膝を抱えたまま黙っていたアルフィンが、小さな声で呟いた。
「そんなことないさ。すっごい天然ボケなんだぜ?」
「そういう意味じゃないわよ。バカね、何も分かってないんだから」
ジョウはいきなり決め付けられて何がなんだか分からないという顔をしていたが、やがて面白そうに目を細めて言った。
「でも同じ色なんだよな」
「なにが?」
「アリエスに会った時にその目を見て懐かしい色だな、と思ったんだ。アルフィンと同じ色だ」
「……それ、逆なんじゃない?それを言うなら『あたしと初めて会った時』でしょ?」
「うーん?いや、確か俺が車にぶつかってノビて、アリエスが覗き込んだ時に思ったんだぜ。あれ、なんでだ?」
「やあねェ、ヘンなとこ打ったんじゃないの?それともここの熱さにやられた?」
傍らで首をひねるジョウを、アルフィンは呆れた様子で眺めていた。

と、いきなりカーゴのロックが外され、低いモーター音とともに扉が開き始めた。
暗闇に慣れていた虹彩が急速に縮み、目が痛い。
「よう、おふたりさん。狭いところで申し訳なかったな」
格納庫内の薄暗いライトをうけ、黒いシルエット姿のガーベイが手を差し出した。
その手をアルフィンが受けて、カーゴの中から格納庫へと降り立った。その後にジョウが続く。
「さて。早速、ミス・ブルーを船室にご案内しようと思うのだが、問題がひとつある」
ガーベイが腰に手をあて、思わせぶりに眼を細めた。
「なんだ?」
「実は<ルイーダ>にはゲスト・ルームがひとつしかない。もしそちらが良ろしければ、一緒の船室を使ってもらっても構わないんだが……」
ガーベイの提案に素早くアルフィンが反応した。両手を頬にあてながら嬉しそうに答える。
「私たち、全然構いませ……」
「いや」
うきうきと答えかけたアルフィンの台詞を、ジョウが慌てて遮った。
「そこはミス・ブルーの船室だ。アルフィンには一人で使ってもらう。俺は何処でも……そう、この格納庫だって構わない」
わずかに頬を赤らめ、早口で答える。
そんな二人の姿を面白そうに眺めていたガーベイは、顎を上げて笑った。
「ジョウをこんな格納庫に押し込めたら、後でアリエスに何を言われるか分からん。それじゃあ、男ふたりでちと無粋だが、ジョウには暫く俺の部屋で我慢してもらうとするか」
ジョウがほっとしたように肩を落とし、アルフィンはがっかりしたように肩を落とした。







「しかし、噂には聞いていたが。想像以上の美少女だな」
ガーベイは部屋の一角に簡易ベッドを組み立てながら、感心したように言った。
「確かにドレスでも着せようものなら、今すぐにでも社交界にデビューできる」
「どんな噂があるのか知らんが」
ジョウが苦笑しながら答えた。
「中味はもう、まるっきりのクラッシャーだ。そうそう手におえないぜ」
「はん。銀河随一と噂される男も、あのお姫様には手を焼いてるようだな」
ガーベイが笑いをこらえながら、したり顔で頷く。
「まあ、しょうがない。男は碧眼には勝てないもんだ」
「なんのことだ?」
「うちのワイフも碧眼だ。あの娘を見てびっくりしたよ、同じ色をしてる」
ジョウは遠い昔、自分を優しく見つめていたあの深い海のような瞳を思い出した。

「子供たちも碧眼なのか?」
ジョウが組み立てられた簡易ベッドに腰を降ろしながら、訊いた。
「いいや。一番上の姉貴と弟だけだ。双子の妹と昨年生まれた赤ん坊は可哀相だが、俺に似てる」
近くのキャビネットからグラスを取り出しながら、ガーベイが自嘲気味に答えた。そしてポケットから出したホログラム写真をジョウに示した。
「そっちにもアリエスから写真が送られてきてるだろう?いちばん上の姉貴がキャサリン、二番目はひとり息子のクラウス、その下に双子の妹サラとジーナが居る。昨年産まれた末娘はジニーだ。知らない間にそんなに弟妹が増えて迷惑だろうが、アリエスがジョウを兄貴と教え込んでる。会っても吃驚しないでくれ」
「迷惑だなんて……。ただ、実感が湧かないだけだ」
ジョウが少し困ったように、笑って言った。
「ずっと独りで育ったからな。兄弟なんてもんは想像がつかない」
「しかし、そこらへんの普通の兄弟じゃないぜ?赤ん坊以外、みんなクラッシャーのスクールに通ってる」
ガーベイがグラスにスコッチを注ぎながら、肩をすくめた。
「別に教えた訳じゃないのに、クラッシャーになるつもりらしい。姉貴なんかはかなりスクールでしきってるという話だ」
ジョウがスクール時代の女生徒たちを思い出し、ちょっと嫌な顔をした。
「だがな。肝心の息子がいちばん、クラッシャーには向いてない」
ガーベイがゆっくりとジョウに近づき、グラスを差し出した。替わりにジョウが手に持っていた写真をガーベイに手渡す。
「あいつは容姿も性格もアリエスによく似てる。夢見がちで気が優しい。ちょっと神経質なところはあるがな」
ジョウに対面する位置に置いてあるリクライニングチェアに、ガーベイは腰を降ろした。そして写真の中の子供たちを眺める。
「別にあいつに跡を継がそうなんてこれっぱかしも考えちゃいないが。なんだろうな……やはり息子は気になるな」

「こんなこと言うのは……生意気かもしれんが」
ジョウがグラスの中の液体に目をやりながら、ためらいがちに話し出した。
「期待なんかされるのは困る。二代目なんて言われるのもうっとおしいし、おやじと比べられるのも迷惑な話だ。自分で好きに生きる道を選べばいい」
「そりゃ、そうだ。先に言ったように俺は強いてスクールに通わせてる訳じゃあない。それより息子には普通のスクールを勧めたくらいだ。しかし姉貴たちの影響もあるのかもしれんが、あいつはクラッシャーのスクールを選んだ。まあ、まだ7歳だ。少しくらいハードな訓練を受けて今のうちに身体を作っておくのも悪くはない」
ガーベイは手にしたグラスの中の氷を見ながら言った。
「だがな……最終的には俺や姉貴たちに左右されず、自分の生き方を見つけて欲しいと思ってる」
「……親も色々と、考えてるんだな」
「あたりまえだ。おまえのおやっさんだって、いろいろ悩んださ」
「そんなことはない。親父は俺のことなんか気にもかけずに宇宙を駆け回ってた」
「おまえが知らないだけだ」
ガーベイは少し肩をすくめ、一気に喉を焼くような液体を流し込んだ。
「まあ、あの議長の息子として色眼鏡をかけて見られがちなのは分かる。そのせいで嫌な思いも人より多くしてきたことだろう。ただ、これだけは言えるぜ。議長は何よりもおまえのことを大事に思ってる、それは間違いない。……こいつは俺の命を懸けてもいいぜ?」
ジョウはわずかに眉をひそめて、目の前のクラッシャーを見る。が、すぐにニヤリと笑って言った。
「そんな簡単に命を懸けると、アリエスに怒られるぜ?」
「ヤバイ、そうだった!あの碧眼には勝てないんだった!」
ガーベイが大仰な仕草で両手を上にあげた。
ふたりが腹を抱えて笑い出した。







「ちょっと大きいかしら?」
鮮やかなサファイヤ・ブルーのスーツに身を包んだアルフィンが、後ろを振り返った。
シンプルなデザインがかえってアルフィンの均整のとれた肢体を際立たせている。深めに開いた胸元に淡い翠色のシルクスカーフが覗く。そしてその視線を上げてゆくと、白い首元にプラチナのチョーカーが嵌められていた。
細いプラチナチェーンが幾重にも重なり、中央の煌く宝玉を繋いでいる。その宝玉は光の加減によって様々な碧、コバルト、紺、深緑、と次々に色を変えてゆく。
見ている者が思わず魅き込まれそうになるほど、魅惑的な石であった。
そしてその石を身に着けることが許されるのも、『真の碧』を護る妖精ミス・ブルーの証であった。

「いや、問題ない。よく似合っている。それより前のミス・ブルーより美人で困るな」
ガーベイがお世辞でもなく、腰に手をあてて笑って言った。
アルフィンは怪しまれないように、なるべく交代したミス・ブルーに似せるよう金髪にウェーブをかけていた。柔らかな黄金の髪が見事に波打ち、照明の光を反射してきらきらと輝く。ヘアスタイルが変わるだけで、少し大人びて見えるアルフィンをジョウは呆けたように眺めていた。
「ね、似合う?ジョウ」
いまひとつ反応が鈍いジョウに、アルフィンがいささか不満気に訊く。
「あ?あ、ああ……」
ジョウが慌ててうなずき、なんとなく視線を逸らした。
「んもう!やーねェ。やる気無くすわ」
「おいおい、そりゃあ困るぜミス・ブルー。おい、ジョウ。ちったあ気の利いた台詞でも練習しとけ!これからの作戦に影響するぜ」
ガーベイが笑ってジョウの背中をどやしつけた。ジョウが真っ赤になりながら、ミス・ブルーを睨む。
「アルフィン!」
「じょ、冗談よ……」
アルフィンが小さな舌を出して、肩をすくめてみせた。


「さて。昨晩話したとおり、海賊から『招待状』がきた。ご丁寧にあちらの宇宙船で取引場所まで連れて行ってくれるらしい。招待客は俺とミス・ブルーのふたりのみ。他一切の護衛や船の随行は許さないということだ」
ガーベイが手元のパネルを操作しながら言った。ジョウとアルフィンは向かいのソファに並んで座り、壁にはめ込まれたモニタに流れる文字を目で追う。
「妥当な線だな。向こうの船に移ったら電磁シールドの部屋に隔離されて、連絡はもとより居場所のトレースも無理だろう。タロスたちが自力で追ってゆくしかない」
ジョウが上体を起こし、顎に右手を添えて言った。
「<ルイーダ>にもワープトレーサーは積んでいないが、トレビスの軍艦に積んである。先方に気づかれないようにレーダーレンジの縁ぎりぎりで待機していてもらい、<ルイーダ>のメインコンピューターと繋いで追ってゆくしかないだろう」
「見失ったらことだな」
ジョウがわずかに眉をひそめて、腕組みをした。ガーベイが頷いて言葉を続ける。
「最終目的地がどこか、なんらかの予測は立てておかないとマズいな。できるだけ相手の情報を集めておく必要がある」
「その件はちょっと心当たりがある。タロス達に任せよう」 ちらりとジョウが隣のアルフィンに目配せして言った。

「ジョウの侵入もタイミングが難しいぞ。うまくやれるか?」
ガーベイがグレイがかった瞳で、ひたとジョウを見つめた。
「乗っていく搭載艇はトレビスの首席専用のものだ。武装はたいしたことはないが、えらい高機能のECMを装備している。そこで考えたんだが、着艦する寸前にちょいとあんたの手が”滑って”ECMスイッチがオンにするって云うのはどうだ?一瞬でもレーダーを撹乱してくれれば、うまくやつらの船にへばりつく」
「オッケイだ。そういう”ミステイク”は得意なんだ」
ガーベイが満更でもなさそうにニヤリと笑い、その肩をすくめてみせた。

「それより」
ジョウが組んでいた腕を解き、膝を乗り出した。
「海賊船に乗り込んでからが問題だ。なるべく向こうの状況を調べながら、人質の救出作戦を練るしかない。乗り込んだら俺との連絡は難しいからまったくの別行動になるだろう。救出の段取りが出来たら、何らかの形で報せる。それまでは『真の碧』を守って、上手く凌いでいてくれ」
「情報が少なすぎて、なんとも心もとない作戦しか立てられんな」ガーベイがかぶりをふりながら、ため息をついた。
「いつも似たようなもんさ。状況によって臨機応変に作戦を立ててゆくしかない。要は最終目標を外さないことだ」
ジョウが苦笑しながら言葉を継ぐ。
「第一目標は人質の救出。第二目標は『真の碧』の護衛。これだけを考えて遂行する」
ガーベイの黙って自分を見つめる視線に気づき、ジョウが訝しげに訊いた。
「なんだ?」
「いや……たいした仕事への構えだ。まだ若いが厳しい仕事を数多くこなしてきたのがよく分かる。クラッシャーは腕と実力の世界だ。ジョウがトップクラスに居るうちは、この世界も安泰だな」
「へんなところで感心するんだな。あんたの言うようにこんな不安要素の多い作戦もないぜ」
呆れたようなジョウの台詞に、ガーベイは腕を組みながら答えた。
「要は心構えさ。後は気力と運で道を開く」
「運を天任せにするつもりはない」
ジョウがその漆黒の瞳を炯らせ、低い声で続けた。
「自分で運を切り開く。必ず、人質を無事救出してみせる」







「兄貴、大丈夫かなあ?」
メインスクリーンに映る<ルイーダ>と近接している海賊船<ガルドラス>を眺めながら、リッキーが心配そうに呟いた。
海賊から招待されているガーベイとミス・ブルーはトレビスから借りた中型の搭載艇<ブルー・レイ>に乗り換えて<ガルドラス>に移動していた。
招待されていないジョウはというと、探知されないように単身<ガルドラス>の外鈑から侵入する作戦だった。
「侵入のタイミングをミスるとヤバいがな。ジョウのことだ、上手くやるさ」
そう口では言いながらも、スクリーンを見つめるタロスの視線も険しい。

この映像は実は<ルイーダ>から送られてきているものだった。海賊からは無論、連合宇宙軍及び他機関への一切の連絡禁止を通知してきている。近辺で不審な動きをする宇宙船が認められれば、警告なしの攻撃はもとより、人質の命の保証もない。
<ミネルバ>はレーダーレンジ内から遠く離れた星域で待機しているより他は無かった。
しかし、その星域にはもう一隻の宇宙船が待機していた。トレビス宇宙軍の巡洋艦<ディアニクス>だ。
大統領の直属の艦船である<ディアニクス>にはワープトレサーが積んである。カートランドの好意によりこの巡洋艦の指揮権はクラッシャーに任されていた。
「<ブルー・レイ>が<ガルドラス>に収容されたようです」
サブスクリーンにダークブルーの士官服に身を包んだ男の顔が映し出された。<ディアニクス>の指揮官アレフ中尉である。
「海賊はこの星域離脱に際し、<ルイーダ>の完全停泊を要求してきている。時間は1時間、勿論追っかけられたくないんだろう。<ガルドラス>はワープ可能域に航行後すぐに跳ぶつもりだろうから、重力波データを<ルイーダ>に送ってもらって俺たちが後を追ってゆくしかない」
「すぐに後を追いかけるようなワープをして不審がられないだろうか?」
アレフ中尉は心配そうに顔をこちらに向けた。
「そりゃあ、大いに思われるだろう。頼みの綱はワープトレーサーのレーダーレンジが広いことだ。やつらのレーダーに引っ掛からない距離を保って、なんとかぴったり付いてゆきたいとこだぜ」
「連続ワープでもされたら厳しいな」
「やつらがクラッシャーほど無茶をしない体質なら、間隔を空けて跳ぶと思うがな」
タロスがわずかに口の端をあげて、自嘲気味に言った。
と、その言葉が終わらないうちに、リッキーが叫び声をあげた。
「タロス!<ガルドラス>が……」

<ルイーダ>からいくらも離れていない距離でメインエンジンに点火した<ガルドラス>の周囲が、陽炎のようにゆらめくのがスクリーンからも視認できた。
「なにっ?いきなりワープか!?」
タロスが身を乗り出して呻いた。間髪入れずに<ルイーダ>からの重力波データがサブスクリーンに流れるように入ってくる。
「危険なことを……」
通信機からアレフ中尉の低い呻きにも似た呟きが聞こえた。
「中尉!<ルイーダ>からの重力波データが入ってきてる。すぐにワープトレーサーで行く先を弾き出してくれ」
「心配するな、既にやっている。行き先が出たらすぐに追うから、そっちもワープの準備に入ってくれ」
「おうさ」
タロスがコンソールに向き直り、いくつかのスィッチをオンにする。

<ルイーダ>から通信が入った。「やつら、無茶なことしやがるぜ」
スクリーンに映し出されたカルロスが、コンソールに掴まりながら喚くのが聞こえた。近くに他の質量がある場合のワープは跳ぶ方も危険だが、近接してる船も危ない。重力波に煽られるような激しい振動が<ルイーダ>を襲っていた。
「キャハハ。<でぃあにくす>カラわーぷ地点ノでーたガ送ラレテキマシタ。めいんこんぴゅーた連動、わーぷかうんとニ入リマス」
アルフィンの代わりに空間表示立体スクリーンについているドンゴが通知してきた。
「動力レベル異常なし。こっちもオッケイだよ!」
隣からリッキーも同調するように叫んだ。
「跳ぶぜ、中尉。向うでニアミスしないように距離を保っておいてくれよ」
タロスが唸るように言った。その台詞にかぶさるようにカルロスの声が入る。
「タロス!うちのリーダーとミス・ブルーを頼む!」
「安心しな!銀河の果てまででも、追っかけてやるぜ」
他人事のように呟きながらも、すばやくタロスの手がワープスイッチをオンにした。
フロントウィンドーに眩いばかりの星の流れが映り始めた。
海賊船<ガルドラス>を追って、<ミネルバ>と<ディアニクス>は相次いでワープインした。







「ご搭乗いただいて、いきなりのワープで失礼したな」
ウェイザーがブリッジの中段に浮いたキャプテンシートから、客人たちを見下ろして言った。
「驚いたな。クラッシャー並みの荒いワープをしやがる」
補助シートに固定されていたセフティバーが解除されて、自由になった身体の関節をほぐしながらガーベイがぼやいた。
<ガルドラス>は搭載艇を収容した直後、隣接した宇宙船と安全距離をとることなく、強引なワープを行っていた。その上、ワープアウト直後に間髪おかず、二度跳んでいる。銀河連合が制定している宇宙航行法をまったく無視した荒業だった。
「スタートダッシュが肝心でね。ちょいとうるさい輩が、そこらへんをウロウロしてやがるようだ」
ウェイザーが目を細めて意味深に客人たちを見遣った。
ガーベイは素知らぬ顔でそっぽを向いた。そしてふと、隣に座るアルフィンを心配そうに覗き込む。
「大丈夫か?ミス・ブルー」
「ええ。おかげさまで……慣れてるわ」
少し青ざめた顔をしたアルフィンが小さく笑って答えた。

「さて。失礼ついでにもうひとつ頼み事を訊いてもらえるかな?」
ウェイザーが愛想よく笑いながら、切り出した。
「船長としてはまず大事なお宝を確認をしなきゃいかん。招待客のパスポートがよもや『フェイク』だったりすると、俺の顔が丸潰れなんでな」
「へっ、気にするようなツラじゃねェがな」
ガーベイのワザとらしい呟きに聞こえないふりをして、ウェイザーがアルフィンに視線を移した。
「ミス・ブルー。その護っている『真の碧』とやらを早速、お披露目してもらいたいが?」
「その前に」
ガーベイががその視線を遮るようにシートから立ち上がり、大仰な仕草で両手を広げた。
「愛するワイフと子供たちと話をさせてもらおう。あいつらは寂しがり屋でな。俺の顔を半日見ないと暴れて大変なことになる」
「一年中留守にしてるクラッシャーがよく言うぜ。まあ、暴れて部屋を壊されても困る。元気にしてるから安心しな」
ウェイザーがその小山のような肩をすくめて、呆れたように言った。そして近くに座っている通信士らしき男に近づき、何事か耳打ちする。
すぐに通信士がコンソールを操作し、映像を左側のサブスクリーンに映し出した。

「なんの用よ?」
いきなりスクリーンにアップで映し出されたのは、柔らかなくせのある黒髪をショートカットにした愛らしい少女の不審顔だった。
「言い草だな。愛する親父と喋らせてやろうってのに、もっとマシな台詞はないのか?」
ウェイザーが顔をしかめてぼやいたが、それを遮るように少女の甲高い声が重なった。
「こんな狭くて汚い部屋にかよわい女子供を閉じ込めておいて、もっとマシな台詞ですって!?ふざけんじゃないわよ!」
碧眼を光らせて臆することなく捲くし立てる少女に、ウェイザーはまたか、と言ったうんざりした表情で肩をすくめ、助けを求めるように父親の方を振り返った。
ガーベイもしばらくの間、顎を上げて天井を仰いでいたが、気を取り直してモニタの前に移動する。
「……キャサリン、ちょっと声のトーンを落とせ」
「ダッド」
キャサリンは愛する父の顔を見ても嬉しそうなそぶりさえ見せず、おもむろに腕を組み上目遣いにスクリーンを見上げていた。
「なにボヤボヤしてんのよ?早く助けに来てよ!サラとジーナはこの狭い部屋に飽きちゃってうるさいし、クラウスは片隅で膝を抱えてめそめそしてるし、ジニーはミルクの時間ごとに泣いて大変なのよ!?」
「わ、わかってる。ちょっと待っててくれ」
娘の容赦ない鋭い視線に、ガーベイは慌てて両手をふった。
「キャサリンたら、そんな言い方はよくないわ。ダッドだって一生懸命お仕事してるのよ」
柔らかいトーンの声が流れた。モニタの後ろから小さな赤ん坊を腕に抱いた女性が、ゆっくりとモニタに入ってくる。
「ガーベイ、お疲れさま。こちらはみんな元気にやってるわよ。キャサリンはちょっとイライラしてるだけなの。悪気は無いのよ、許してあげて」
小さな顔に沿うように流れる黒髪をふわりと揺らして、アリエスは花のように微笑んだ。
「すまんな、アリエス。今、そちらに向かう船に乗り込んだところだ。すぐに迎えにゆくから待っててくれ」
ガーベイがほっとしたように言った。アルフィンが後ろで肩を震わせて笑いをこらえている。
「何か困っていることはないか?欲しいものは?」
「そうね……ミルクを作るのに暖かいお湯が欲しいわ」
その答えを聞いて、ガーベイが少し離れたところに立つウェイザーに視線をやる。
「わかった。用意させよう」
「船長さん、ご親切にありがとう。どうかガーベイをよろしくお願いしますわ」
「い、いや。こちらこそ」
自分たちが攫ってきた人質に礼を言われて、さすがのウェイザーもどう答えてよいか分からない。
にっこりと女神のように微笑むアリエスに、ブリッジの海賊たちは口を開けて見惚れていた。

ガーベイがわざとらしく咳払いをして、モニタの中のアリエスを見上げた。
「アリエス。今年のクリスマスは家族で一緒に過ごそう。子供たちの兄貴も呼んでな。そしてあの樅の木に水をぶっかけて派手に飾るぜ?」
そう言って片目をつむってみせる。
「ダッド!何、呑気にクリスマスの話なんかしてンのよ!?」
いきなりモニタの下からキャサリンの顔がアップで現れた。そしてその怒声にかぶさるように双子の甲高い声がハモる。
「わーい!クリスマスー!」
「あら、あなた達ったら。ダッドにプレゼントは何が欲しいか言っておかないとね」
アリエスが優しく目を細めて、嬉しそうに子供たちを見遣った。

「……さて、そろそろ無駄話も終わりだ。マダム、ご主人は24時間以内にそちらに連れてゆくから、そのやんちゃなクラッシャー達を大人しくさせといてくれ」
ウェイザーが通信士に向って顎をしゃくり、いきなりスクリーンがブラックアウトした。
「おいおい。もうちょっと、愛する家族とゆっくり話をさせてくれよ」
ガーベイが不満気に鼻をならした。それに対してウェイザーが目を見開いて、いかにも心外そうに答える。
「俺は気を利かせてブッち切ってやったんだぜ?それとも何か?まだ、あの天然ワイフや鳥のようにかしましい娘達と話しがしたかったか?」
その台詞にガーベイはしばしの間黙っていた。が、やがて小さくかぶりを振って答えた。
「……いや。今日はもう、いいかな」
「……おめェも、大変だな」
声に同情の響きさえ含ませて、ウェイザーがため息をついた。
「今度かっさらう時は、人質をよーく見てからにしてくれ」
ガーベイが肩をすくめてぼやいた台詞に、アルフィンがこらえきれずに噴き出した。







「えらく手のこんだ認証システムだぜ」
ウェイザーが苛ただしく舌打ちして、呟いた。

<ガルドラス>のキャプテン・ルームは殺風景な部屋だった。
ボルドー色の革張りソファと小さなコンソールテーブルが中央に置かれ、隅に作りつけのベッドがある他は、家具らしいものは見当たらない。
ソファにはガーベイとアルフィンのふたりが、並んで腰を下ろしていた。その前にあるガラスのローテーブルの上には銀色のメタルケースが載っている。
そして数段階にも及ぶ複雑な認証システムを経て、ようやく開いたケース中央には、拳大の鉱物がおさまっていた。
それはミス・ブルーが首に嵌めているものよりも数倍大きく、そして深い濃藍色をしたものだった。研磨前なので宝石のような煌きはまだ無いが、時折ライトの角度によって透けるように色が変化する。原石だけでも充分に魅力的な石であった。

「ほお……これが噂の『真の碧』か」
ウェイザーが思わず顔を近づけるのを、ガーベイが手で遮った。
「おっと、気をつけな。目には見えないが電磁シールドが張ってある。その顔にまたキズが増えるぜ」
遮られて憮然としたウェイザーは、傍らに膝まづいて計器を操作している白衣の男に視線を向け、苛ただしげに訊いた。
「ドクター!こいつは本当に『真の碧』に間違いないのか?」
鉱物に計器を近づけ、モニタに映る化学式と数値に目を走らせていた男は、ウェイザーの方を見遣りもせずに、口の中で何事かをブツブツと呟いていた。
「すばらしい。こんな純度の高いネオ・テトラニウムは、見たことがない。この石の一片で、どれだけの数値のdp度が測定できるのか……」
恍惚とした表情で呟き続ける男の胸倉を、ウェイザーが乱暴に掴み上げた。
「本物かどうか訊いてるんだ!ええ?このイカれ野郎が!」
「あ、ああ!?も、もちろん、本物だ。ま、間違いない」
せわしくその細い首を縦に振りながら、貧相な男がおどおどと答えた。

その様子をじっと見ていたクラッシャーが、静かに口を開いた。
「おまえ、トレビスのザウンダウン研究所に居たヤツだな?数年前までカートランドの下で働いていたネオ・テトラニウムの主任研究員だろう?」
ガーベイが片目をすうっと細めて睨みつけた。
「…………」
「今回姿が見えないのでおかしいとは思っていたが。とうとう海賊の手先に成り下がったのか」
挑発を意図したガーベイの言葉に乗せられて、男の顔にさっと血がのぼった。
「う、うるさい!銀河系でザウンダウンからしか産出されないこの貴重な鉱石を、カートランドは無意味な宝玉へと研磨して見せびらかす愚行ばかりだ!私は科学者としてもっとこの鉱石の可能性を見出したい。まだまだ謎の多いこの鉱石はカラット・純度を落とすことなく、あらゆる貴重な実験に使われるべきなのだ!」
興奮した男は、ウェイザーの手をふりほどき、唾を飛ばしながら喚いた。
「……バカなやつだ。まさか海賊と協力して、そんな貴重な実験が出来ると思っているのか?」
嘲るようなガーベイの口調を、ウィエザーが鋭く遮った。
「いらんお喋りはつつしめ、クラッシャー。この鉱石の行方など、おまえが気にすることでは無い。今、おまえが気にしなければいけないことは『生きている』家族との再会だろう?過ぎた口は災いしか招かない」
ガーベイは頬をふるわせて口をつぐみ、黙って目の前に座る海賊を睨みつけた。
「オーケー、分かってくれればいい。俺たちだって無闇に事を荒立てたくはない」
ウェイザーは勝ち誇ったように、太い腕を組んだ。

「もうすぐ夢のリゾート地へ着く。そこで俺たちは『真の碧』を丁重に迎え、代わりにおまえは生きている家族たちと再会できる。それですべてがコンプリートだ。お互い、その後のバカンスを楽しみにしようぜ?」






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