◆◆ V.P.R★2 〜バレンタイン・パニック・リターンズ〜 ◆◆



 アルフィンは自分に向けられているランチャーに気づいていた。

咄嗟にイオノクラフトのガードに脚をかけ、空中に跳んだ。
2階テラスの一部が突き出しているバルコニーエリアを目指して落下する。
だが、まだ高度が高すぎた。このまま落ちるとフロアに激突する。

ジョウはアルフィンの落下地点を瞬時に目測した。ライフルを捨て、ダッシュする。このままでは間に合わない。
バルコニーエリアにダイブし、そのまま床を滑りながら仰向けに身体の向きを変える。

そこへ、アルフィンが落ちて来た。ジョウが反動をつけて跳ね起き、両手を伸ばす。間一髪、落ちて来た細い身体を抱きとめた。
衝撃を緩和させるため、キャッチと同時にバネのように膝を曲げる。が、二人分の体重に耐えられず、アルフィンを抱いたまま仰向けに倒れた。頭の直撃こそ回避したが、背中と腰を強打して呻く。

「ジョウ!大丈夫?」
ジョウがクッション代わりになったので、アルフィンに大きな怪我はない。
自分の身体の下で痛さに悶えるジョウを慌てて、のぞき込んだ。
ジョウが呻きながらも何か呟いた。
「え?なに?」
「……重いぜ、アルフィン」
「ばか!」

アルフィンが無情にもジョウの胸を拳で叩いた。
ジョウがまたその痛さに仰け反った。

ジョウの身体が浮いたその空間を一条のレーザーが貫いた。
咄嗟にアルフィンを上に乗せたまま、横に転がる。
一人のコマンドがその傍らに降り立った。
アルフィンが振り向きざまにレイガンを構える。だが、その行動は読まれていた。コマンドが目にも止まらぬ速さで前蹴りを繰り出し、アルフィンの手からレイガンを弾き飛ばした。

「見つけたぞ、クラッシャージョウ」

大型のレーザーガンを二人につきつけたまま、左手で黒の覆面を剥ぎ取る。
褐色の肌とボサボサの肩まで伸ばした銀髪が現れた。さほど背は高くなく細身だが、身のこなしは俊敏だった。

「・・・・・・ザルツ!」
ジョウが唸るように呟いた。
無意識にアルフィンを身体の後ろに庇う。

「この二カ月あまり、よくもまあ、しつこく追いまわしてくれたな」
ザルツがジョウの脇腹を蹴り上げた。
「ジョウ!」
苦痛に呻くジョウの身体を支え、アルフィンがザルツを睨み上げる。
だが武器を失った二人には、なすすべも無かった。

「それもこれで終わりだ。仲良く二人一緒に逝かせてやるさ」
長い前髪の間からのぞく目が残忍な光を帯びた。

銃口がジョウの眉間を狙う。
ジョウはザルツを睨んだまま、視線を逸らさない。
トリガーにかかる指に力が入った。






その瞬間、目の前を影が横切った。

「うわあっ!」
ザルツが叫び声をあげ、片目を抑えた。
なおも喚きながら、やみくもに腕を振り回す。その腕の間を何かがすり抜けて飛び去った。
さっきのフェアリーだ。
鳥のように急降下してきたフェアリーがザルツの目に渾身の蹴りを入れたのだ。

ジョウはその隙を見逃さなかった。
自分に向けられていたレーザーガンに飛びつき、もぎ取った。それと同時に前蹴りを叩き込む。ザルツの身体が後ろに吹っ飛んだ。

ジョウが脚を狙ってレーザーを撃つ。生け捕りにして引き渡すのが依頼人との契約だった。
ザルツは横に転がってそれを避け、片目を抑えたまま跳ね起きた。
「くそ、邪魔が入ったな。だが、ここでおさらばだ!」
そう言って、膝をぐっと折ってジャンプした。
ザルツの両脚はサイボーグだった。軽々と上のフロアに跳躍し、フェンスを乗り越える。
「くそ、逃がすか!」
ジョウが床を蹴った。停止しているエスカレーターに向かって走る。
アルフィンがバルコニーエリアのフェンスから身を乗り出して叫んだ。
「お願い、フェアリー!ザルツを見失わないで!」

「はいな、まかせとき!」
フェアリーが薄紫のオーガンジードレスを翻して上階のフロアに跳び込んだ。
その姿を見送ったアルフィンが、美しい眉を訝しげに寄せて呟いた。
「今喋ったのって・・・・・・あの娘よね?」


ジョウが3階のフロアに到達した時、激しい銃撃戦の最中だった。

武装集団が部隊を少しずつ上階へ移動させている。
屋上に逃走用のVTOLが迎えに来る予定なのだ。
撤退に向けて部隊は捨て身の攻撃に出ていた。フロア内にもかかわらず、SWATの追撃を阻止するためにロケットランチャーや手りゅう弾などを使用している。自分達さえ退避できれば、建物がどうなっても構わないらしい。
「くそったれ!」
ジョウが歯をぎりっ、と鳴らした。

前方の一団に銀色の頭が見えた。ザルツだ。
武装集団に囲まれるように移動している。
危険を承知でザルツの周りを狙い撃ちした。一団から何か黒い塊が飛んできた。
手りゅう弾だ。咄嗟に近くの店に転がり込む。
直撃は免れたが、爆風でウィンドウのガラスが割れ、破片がジョウの身体を打った。
首筋に生温かいものが伝う。手をやるとチタニウムのグローブにべっとりと血がついた。破片で後頭部を切ったらしい。

「・・・・・・まだだ」
ジョウが低く呟いて、身体を起こした。ふらついて肩が壁にぶつかる。しかし、ここで倒れるわけにはいかなかった。
気力を振り絞って店の外に出た。

幸いなことにザルツの集団はまだフロア内に居た。前方から来たSWAT部隊と遭遇し、交戦し始めたのだ。
数人のコマンドが踵を返した。ザルツもその中に居るのをジョウは確認した。
咄嗟に物陰に隠れた。息をひそめて、その集団が通るのを待つ。
床を打つ足音がだんだんと大きくなる。
目の前を過ぎるコマンドの中に銀色の頭が見えた瞬間、ジョウは足元にダイブした。

「うおっ!」
たまらず倒れ込んだザルツと隣のコマンドがつられて転倒した。
ジョウはザルツの腰を後ろから抱え込み、両脚を絡めて固め技に持ち込んだ。とにかく下半身を拘束しなくてはサイボーグの脚に蹴り殺されるだけだ。
倒れたコマンドが起き上がって銃を構えるが、ジョウがザルツの身体の下に廻ったため、撃てない。
戻って来た別のコマンドがジョウの脇腹に蹴りを入れた。鈍い音がして激痛が走り、息が詰まる。肋骨をやられたらしい。
しかし、ジョウはザルツの身体を離さなかった。

「くそ!こいつをどうにかしてくれ!」
ザルツが身体を仰け反らして喚いた。
コマンドの一人がジョウの髪を掴んだ。
力任せにザルツの身体の下から引きずり出そうとする。

その時、数発の銃声が響いた。二人のコマンドが相次いで弾き飛ばされる。
黒い影が疾った。

「がっ!」
ジョウの髪を掴んでいたコマンドが崩折れる。
仰向けに倒れていたザルツの目が恐怖に見開かれた。影からストレートが繰り出される。
咄嗟に身体をひねって避けたが、顔のすぐ横に振り下ろされた腕がフロアの床を砕いた。

「ザルツ。久しぶりだな」
男が床から拳を引き抜きながら低く呟いた。細かい破片が辺りに散らばる。
ザルツは金縛りにあったように動けない。

「なんだ?喋り方を忘れちまったか?」
ブルーグレイの目を眇めて、その男は少し嗤ったようだった。
が、次の瞬間、目にもとまらぬ速さでザルツの腹にエルボを落とした。
「ぐうっ!」
ザルツの身体が海老のように曲がる。すかさず、男はその首を片手で締め上げた。
「お、おまえ・・・カ、カデル」
ようやくザルツが発した声は、老人のようにしわがれていた。

「GCPOからの逮捕状が出ている。フォーマルハウト星域における連続殺人事件の容疑者だ」
ザルツに示したIDホルダーを内ポケットに仕舞い、代わりに電磁錠を取り出した。
「待て」
容疑者の身体の下から、くぐもった声が聞こえた。カデルの動きが止まる。
「これは俺たちの獲物だ」
ザルツの身体に固め技をかけていたジョウが下からカデルを睨み上げた。

「国際指名手配犯の逮捕には何者も干渉できない」
カデルがまた片目を眇めた。
「俺たちクラッシャーには関係ない」
ジョウが動かせる顎をしゃくって、下を示した。
「それより……先にこのサイボーグの脚を拘束してくれ」
「なるほど。それは賢明な提案だ」
カデルがザルツの脚の方へ身を乗り出した。

――その瞬間
ザルツの脚の爪先から一条のレーザーが疾った。






ザルツはサイボーグの脚先に武器を仕込んでいた。

細い一条のレーザーがカデルの頭を貫く代わりに、眼前で火花が散った。
遮った何かが撃たれ、音をたてて床に落ちる。
カデルは一瞬それに目を走らせたが躊躇せず、ザルツの爪先を右腕で殴り飛ばした。ザルツの足首から先が破壊され、パーツが飛び散る。
「なんてもの仕込んでやがる」
言うが早いか電磁錠で両足首、そして両手首もロックする。
念のため、もう片方の足先も握り潰した。

「おっかねェな」
動けなくなったザルツの身体の下から、ようやくジョウが這い出してきた。
「サイボーグ同士、よそでやってくれ」
「すまんな。いまだに加減がわからん」
カデルがサイボーグの右手を握って、肩をすくめてみせた。

「くそっ、カデル!いい気になるなよ!」
足元に転がされているザルツが仰け反って喚いた。
「ザルツ、おまえにはたっぶり訊きたいことがある」
「・・・・・・娘のことなら、ムダだ。諦めな」
カデルの動きが一瞬、止まった。
黙ったまま、横たわっているザルツの脇腹を踏みつけた。そして、その襟元を掴み引き上る。苦しげに呻きながらも、ザルツは口の端をあげて薄く笑った。
「おまえは・・・・・・生きている娘には二度と会えんさ」

カデルが無言のまま、首を締め上げた。数秒後、ザルツは泡を噴いて気絶した。
しばらく彫像のように動かなかったカデルが、長い息を吐く。掴んでいた襟元を離すと、ザルツの身体が音を立てて床に落ちた。

「大丈夫か・・・・・・?」
「死んではいない。気絶しているだけだ」
「ザルツじゃない。あんたのことだ」
カデルがハッとしてジョウの目を見た。が、すぐにその視線を足元に落す。
――そして。
ゆっくりと屈みこみ、落ちているものを両手で拾い上げた。

「アムネリア」
そっと名前を呼んだ。
カデルの眼前でレーザーを遮ったのは、さっきジョウを助けてくれた、あのフェアリーだった。
両手の中で動かない小さな身体をカデルが調べる。
「……やられたのか?」
「いや、背中の羽根に当ったらしい。衝撃で回路がショートしてるだけだろう」
カデルが一瞬、その無精ひげの顔に不似合な、優しい表情をした。

その時、背後から複数の足音と共に甲高い声が聞こえてきた。
「ジョウ!」
「アルフィン」
ようやく立ち上がったジョウの胸にアルフィンが飛び込んで来た。
「よかった、無事で」
アルフィンがその小さな金の頭をジョウの胸に押し付ける。
ジョウが必死でふらつく身体を支えた。

「あんまし無事でもないぜ、お嬢さん」
「え?」
「後頭部からの出血がひどい。立っているのがやっとだろう」
アルフィンが目を丸くしてジョウを見上げた。
一緒に駆けつけたSWATのソルジャーが携帯していたエイドセットを手渡す。
ルフィンが手早く、いくつかの薬剤を打ち、包帯を巻いて手当をした。

「ひどい有様だな」
後ろから低いダミ声が聞こえた。
一同が振り返ると、ハーフコートを着た男が近づいて来る。手には小型のヒートガンを構え、油断なく辺りをうかがっている目つきは鋭い。

「誰がクラッシャーにショッピングモールをぶち壊すよう頼んだんだ?」






ハーフコートの男は地元トマキオプス警察所属の警部だった。

往々にして地元警察とクラッシャーとの相性はすこぶる悪い。宇宙に出たことのない輩は、いまだにクラッシャーをならず者扱いだった。
重要参考人としてジョウは警察の事情聴取を受けることになった。重傷を負っていたため搬送先の中央病院で聴取を受けることとなり、同じ病院に搬送された軽傷のルーも同席するよう連絡があった。

この時期、銀河系でもっとも人気のあるイベント会場でのテロ事件は、カンダール政府にとって過去最悪の出来事となった。
最初、警察はテロに関する何らかの情報を事前にジョウが知っていて、あのホールに向かったのではないか、と疑った。
そんな警部の態度にジョウはうんざりしながらも、その疑惑を断固否定した。
大体ジョウはザルツがこの国のテロ組織と繋がってることは事前の経歴調査や犯罪履歴ではまったく分からなかったし、その組織がまさか自分の命を狙ってくるとは、露にも思わなかったのだ。
何故あのホールへ向かったのか?という問いに、隣に居たルーが一瞬ジョウを見たが、彼は情報屋とのコンタクトのため、と迷わず答えた。
取り調べは一時間以上に及び、ジョウの体調を心配した担当ナースが声をかけようとした時、カデル捜査官が病室に入って来た。
肩にはあのフェアリーを乗せている。

「クラッシャーにこれ以上訊いてもムダだ」

開口一番、彼はそう言った。
「確かにタイミングが悪かった。ザルツとKK2が繋がっていようとは、リークがある迄こちらも掴んでいなかった」

苦虫を噛み潰したような表情の警部が何か言おうとするのを、カデルは手で制した。
「だが、今回多数の死傷者を出しながらもテロリスト達の一部の逮捕には至った。国際指名手配中のザルツと幹部級クラス多数を捕獲。アジトへの捜査もこれで一気に進むだろう。これはGCPOとSWATとの連携の他に、犯人捕獲と客の避難・誘導に協力したクラッシャー達の功績も大きい」

カデルから連絡を受けたアルフィンがジョウの向かった行く先をつきとめた。
(同時にリッキーの頬も腫れ上がった)
タロスはすぐにダーナを呼び出し、2チームは武装してホールへ向かった。
突入作戦は実質SWAT達が担ったが、犠牲者の救助・搬送の指示と観客の避難誘導・援護をクラッシャー達が請け負ったのだ。

「もしクラッシャーが居なかったら、こんな被害じゃすまなかっただろう。GCPOも報道管制に協力する用意がある。今回の事件が銀河系全体に知れ渡るのも避けたいだろう?」
「・・・・・・・・・・・・」
「KK2の幹部の身柄はそっくり渡す。リークした情報元からの内部情報付だ。悪くない条件だと思うが?」
「・・・・・・取引か」
「うまくいけばKK2解体にも、漕ぎつけるかもしれん」
はっ、そんな生易しい組織じゃあないぜ。もう30年以上、カンダールに巣食ってるヤツらだ」
警部は、かぶりを振って肩をすくめた。
「だが、これを機会に勢力を削ぐ努力はすべきだな。いいだろう。ここはお偉いGCPO様に免じて、こいつらは放免とするさ。とんだ災いの種が舞い込んで来て、まったく大迷惑だった。もう金輪際、カンダールの土は踏まないで欲しいもんだ」
警部はちら、と蔑むようにクラッシャーの二人を見た。
ジョウが何か言う前にルーが身を乗り出して喚いた。
「それはこっちのセリフよ!もう二度とこんな惑星には降りないわ!」

「おまえ達が住んでいるこの惑星を誰が住めるようにしたのか、よーく思い出してみるんだな」
カデルがその片目を眇(すが)めて、警部を見下ろした。
「あんたが今しばらく、この仕事にしがみつきたいのならば・・・・・・宇宙生活者に対する偏見は捨てることだ。プロフェッショナルには、それ相応の対応をしろ」
その言葉を聞いた警部は顔を真っ赤にして黙り込んだ。
してサイドテーブルの上の捜査令状をひったくるように掴むと、カデルをひと睨みしてから足音荒く、病室を出て行った。

しばらく無言だった室内の静寂をルーの憤慨した声が破った。
「なによ、あの失礼なオヤジ!」
「今さら、驚くことでもないさ」
ジョウが肩をすくめて言った。






ふたたび病室のドアが開いた。

リッキーが扉の陰から顔を出し、中を覗き込む。
「兄貴、調書終わったんだろ?」
「今、サツの野郎とすれ違いましたぜ。こってり絞られたんと違いますか?」
リッキーの後ろから巨体のタロスも部屋に入って来た。とたんに部屋が狭くなった気がした。
「もう!なんで皆、あたしを置いて行くのよォ」
アルフィンがぶつぶつ言いながら両手にいくつかのペーパーバッグをぶら下げて入って来る。
「だってアルフィンたら、兄貴の好きなアレも買ってコレも買って〜って、いい加減、買い物が長すぎなんだよ」
だって味気ない病院食で毎日飽き飽きしてるでしょ。ジョウ、今日も美味しいデザート付よ」

「あら、ちょうど甘いもの食べたかったとこなの。ジョウと二人で長い時間拘束されてヘトヘトよ」
ルーがジョウにつと寄り添い、にっこりと微笑んだ。
ドアの陰でルーの姿が視界に入っていなかったアルフィンが、一瞬で凍りつく。
「なんで・・・ルーがここに居るわけ?」

突然、カデルの肩の上から声がした。
「なんや、あんた二股かけとるん?」
その愛らしい容姿にマッチした、ハスキーボイスだ。

最初は何のことを言っているのかわからなかったジョウだったが、皆の視線が自分に注がれているのには気づいた。そしてようやく、その問いかけが自分に向けられたのだと理解したジョウは、顔を真っ赤にして云い返した。
「人聞きの悪い事、言うな!」
「じゃあ、どっちが彼女なん?」
アムネリアが不思議そうに小首をかしげて訊く。
「どっちって・・・・・・」
ルーとアルフィンが瞬時にジョウの方を見る。
「どっちなの?」
「ジョウ、いい機会だわ。はっきり聞かせて」
「ちょ、待て。はっきりも何も・・・・・・」
二人の鋭い視線にジョウが怯(ひる)む。

「あの夜、私にバラをくれたわよね?」
「は?」
「なに?バラって?」
アルフィンが即座に反応した。
「花よ。もらったの。ジ・ョ・ウ・か・ら」
「!」
「ルー!」
「そうなの?」
何か言い返そうとしたジョウの声にアルフィンの冷静な声が重なった。
「え、いや・・・・・・」
「あたし、ジョウから花、もらったことない・・・・・・」
「アルフィン」
ジョウが説明しようと向き直った時に、またアムネリアが横入りした。
「それ、GPS発信機や」
「え?」
「は?」
と、これはルーとジョウ。
「あのバラ、ジョウを見失わんように渡したんや」
「つまり」
アムネリアの言葉をカデルが引き継ぎ、ルーの方を面白そうに見やった。
「それはジョウからじゃなく、俺からのギフトってことだ、お嬢さん」

「・・・・・・なによ、それ!」
しばらくの間、あっけにとられていたルーが、ようやく言葉を発した。
「ふん」
アルフィンがほうら、ごらん、とでも言いたげにその碧眼を細めてルーを見下ろす。
「あたしのジョウにちょっかい出した罰よ」
「誰のジョウよ?」
「うちのチームリーダー、な・の・よ!」
「そうね、それは間違いないわ。でも、ただのチームリーダーよ」
ルーがあっさり認めた。
「――つまり。あなたも、ただのチームメイトかもよ?」
「え・・・・・・」
ルーの言葉にアルフィンが、ふたたびジョウの方を見る。
「そうなの?ジョウ」
「あのなァ」
ジョウがうんざりしたように片手で顔を覆った。

そのやりとりを面白そうに聞いていたカデルが、深い同情の響きをこめて呟いた。
「天下のクラッシャージョウも”女運”はあんまり良くなさそうだな」
「あらら。初対面の人に見抜かれてるよ」
リッキーが頭を抱えて言った。
「当たっているだけに、反論できねェ」
タロスが太い腕を組んで天井を見上げる。
「ちょっと、あンた達!」
「それ、どーゆー意味!?」
ルーとアルフィンがまた同時に甲高い声で叫んだ。

「人間のオンナって、やかましいなァ〜」
アムネリアがわざとらしく耳を塞いで、カデルの頭の後ろに隠れた。






翌日、ルーが退院することになった。

クラッシュジャケットを着ていなかった彼女は身体中に打撲や捻挫、擦過傷等はみられたが骨折などの大きな怪我は無く、要は頭部や内臓などの検査入院を兼ねていたのだった。
「無理してスケジュール空けてもらったから、仕事がたてこんでるのよ。もう今日の午後にはカンダールを発つわ」
病室に入って来たルーは白のリネンシャツにジーンズという、ラフな服装をしていた。
「そうか。大きな怪我が無くてよかった」
「あなたが庇ってくれてたからよ」
「デートの相手が狙われてるなんて!って・・・あんなに毒づいてただろ」
「ホントよ。こんなこと、そうそうあるもんじゃないわ」
「そうそうあってもらっても、困る」
二人は顔を見合わせて笑った。

「せっかく、今年も手作りのショコラ・バーを作ったのよ。お気に入りのラッピングペーパーで包んで、きっとリボンは嫌がるから・・・とビターな感じでキメたのに。あのドサクサでバッグごと行方不明よ」
「・・・・・・・・・・・・」
「また今年も・・・渡せなかったわ」
ルーがうつむく。エメラルドグリーンの瞳から一粒、涙がこぼれた。
「な、泣くことないだろ・・・・・・」
「リベンジだったのよ!去年の。悔しいわ・・・」
ルーがたまらず、両手で顔を覆った。
ジョウはベッドの上でどうしたらよいか分からず、しばし天井を見上げていた。
そして深く、ひとつ息をついてから、思い切ったように切り出した。

「ルー、その・・・悪かった。去年はあんな顛末だったし、今年は輪をかけて・・・ひどかった。偶然とはいえ危険な目に合わせたし、怪我もさせちまった」
「・・・・・・・・・・・・」
「だから・・・もう、リベンジはするな。モノが無くても、その・・・ルーの気持ちは何となく、わかった」
「え・・・・・・・・・?」
ルーがハッとして、顔を上げる。
「それって・・・・・・」
「たが、俺は・・・・・・」
「待って!」
「・・・・・・・・・・・・」
「覚悟が無いなら、それ以上、言わないで」
ルーが静かな声で、しかし、ジョウの目を真っ直ぐに見ながら言った。

「あの娘に、アルフィンには、ちゃんと答えたの?」
「え・・・・・・・・・」
「あの娘の気持ち知ってて・・・まだ、ちゃんと答えてないんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「その覚悟が出来てないなら・・・・・・私にもまだチャンスはあるわ」
ルーは豊かな栗色の髪を揺らして、涙をふり払った。
「・・・言ったでしょ?私達、最高のパートナーになれるはず、って。あなたと私は生え抜きのクラッシャー。小さい頃からお互いをよく知ってる幼なじみ。おまけに親同士も旧知の仲よ。これ以上のセッティングはないわ」
「それとこれとは・・・・・・」
「アルフィンは確かにがんばってるわ。それは認めてあげる。よくこの厳しいクラッシャーの世界でやってると思う」
ルーが、かぶりを振って続ける。
「でも所詮、根っこはお姫様よ。どんなに気が強くても、人並み以上にガッツがあっても・・・あたしたちの根底にあるクラッシャーの泥臭さには、けして染まらないわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「これから彼女が、このままクラッシャーとして生きて行くのか、この世界に馴じめず他の道を選ぶのか、まだわからないわ。
そして・・・あなたが、そんな彼女の全てを受け入れる覚悟が、まだ無いなら・・・」
エメラルドグリーンの瞳がアンバーの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「わたしはいつまででもリベンジを続けるわ」

黙って聞いていたジョウが、ふっと息を吐いた。
「・・・・・・痛いとこ、つくぜ」
「あなたの考えてること、結構予想がつくのよ。これでも」
ルーはすこし小首をかしげ、意味ありげな口調で続けた。
「昔から、ずっと見てきたんだもの」
「え・・・・・・?」
ジョウが訝し気に眉を寄せる。
「ホント、そんなニブイところも・・・全然変わらないのね」
ルーが肩をすくめて、ため息をついた。

「ジョウも数日中には退院でしょ?」
「今、この瞬間にでも窓を破って脱走したい気分だ」
その気持ち、わかるわ、と同意したルーはくるり、と背を向けた。
「病院、壊さないでね」
ルーは手をひらひらと振りながら、病室を出て行った。

「・・・・・・まいったな」
ジョウはひとつ大きく息を吐き、リクライニングしたベッドにぐったりと、もたれかかった。






「きれいやなァ」

アムネリアが胸元で紅く光る石を、その小さな手で持ち上げ、しげしげと見つめていた。
「そのピアスの片方、無くしちゃったのよ。あなたのペンダントならピッタリだと思って」
アルフィンはフェアリーのサイズに合うように、短いチェーンにそのピアスを通したものを、アムネリアにプレゼントしたのだった。
「嬉しい、アルフィン。おおきに!」
「それって・・・ありがとう、の意味なの?」
「そうや。アルフィンは銀河標準語しか喋べらへんの?教えたるわ、ウィドウ語」
「いいわね、それ。教えて!」
トマキオプス宇宙港の出発ロビーのカフェで、人間とAI搭載のフェアリーが、きゃいきゃいとはしゃいでいた。

「アムネリアは俺の前のワイフが作ったハミングバードだ。彼女はその世界ではちょっとは名の知れた技術者でな。遊びで彼女の故郷のウィドウ語をインプットしたら、ああなっちまった」
カフェではしゃぐ二人をカデルは面白そうに眺めながら、言った。

ジョウが退院した日、カデルが一連の手続きを終えGCPOの本部へ帰ることになった。
ザルツはカンダール警察での取り調べが済み次第、特別護送チームが迎えに来る予定である。
ミネルバも明日の出発に備えて準備をしており、病院から宇宙港へ引き揚げてきたジョウとアルフィンは、出発ゲートに立ち寄った。カデルを見送りに来たのだ。
ジョウとカデルの二人はコーヒーを持って、カフェ外にあるハイスツールに腰かけた。
「あのフェアリーもGCPOなのか?」
「いや、GCPOには所属していないが・・・随行許可はもらっている」
カデルがコーヒーを一口すすった。
「アムネリアは娘のナディアの親友だ。俺やワイフが忙しくて相手してやれない時間を、アムネリアが埋めてくれていた。ナディアは・・・2年前、ある事件に巻き込まれてから行方不明だ。それからアムネリアは俺と一緒に行動している。今では無くてはならないバディだ」
カデルは淡々とした口調で語った。
ザルツを捕まえた時の会話が、瞬時にジョウの脳裏によみがえった。

――おまえは・・・・・・生きている娘には二度と会えんさ。

その時のカデルの様子を思い出し、ジョウはそれ以上、何も聞かなかった。

「あのアルフィンって娘、面白いな」
まるで旧知の女友達のようにフェアリーと話しこんでいるアルフィンを目線で示しながら、カデルが言った。
「初め、連絡してきた俺を胡散臭そうに相手していたが、あんたの命が危ないと聞いたとたん、血相変えてブリッジを飛び出していっちまいやがった。俺をモニタ前に置き去りにしてな」
その時の事を思い出したのか、下を向いて笑う。
「あんなファッションモデルみたいな娘がなんでクラッシャーを?と思っていたが。なんの、そこそこ頭はキレるし、行動力も申し分ない。何しろ、度胸がある。SWATと一緒に突入すると言い張って聞かないのには、参ったがな」
「俺もイオノクラフトで飛び込んで来るとは、思わなかった」
「あんたのとこのタロスも、ジョウが絡んでくるともう、誰にも止められませんぜ、と両手を挙げてみせやがるし、リッキー坊やにいたっちゃ、頬を抑えたまま怯えて一言もしゃべらねェ」
チームメイトの様子を想像して、ジョウも笑った。

「いろいろ手配してもらって、感謝している」
ジョウがあらたまった口調で切り出した。
「ザルツの件もあんたが依頼人の被害者家族と交渉してくれたから、俺たちも契約不履行に問われず、金も貰えることになった。その・・・なんで、そんなに俺たちクラッシャーの肩を持つんだ?GCPOだって・・・つまりは警察組織の上だろう?」
ずっと気になっていたことをジョウは口に出して尋ねた。

カデルは少しの間、黙っていた。そして、記憶の糸を手繰り寄せるように、ゆっくりと語り始めた。
「昔、俺が駆け出しの刑事だったころ、訳あってクラッシャーとつるんだ事件があってな。その時のクラッシャーがえらいキレ者だった。世間で言うところの、ならず者の集団ではないと、その時はじめて理解したよ。それ以後、プロフェッショナルの集団として尊敬している」
「警察組織の中にも・・・そんな理解のあるヤツが居てくれて助かる」
「皆、忘れちまってるのサ。クラッシャーのようなプロ集団無くして、俺たちの今の豊かな生活は無いのだということを」

二人は無言で目の前を流れて行く人々の姿を眺めた。
午後の陽射しが射し込むトマキオプス宇宙港には、ゆったりとした時間が流れていた。

人類が宇宙に出始めた頃は、ほんの一握りの人間しか宇宙空間に出ることは叶わなかった。
宇宙は人類の憧れであり、挑戦であり、そして恐怖だった。
宇宙開拓時代、多くの先人が果敢に新しい惑星に挑み、そして多くの人命が失われた。
年月を経て、惑星改造のプロフェッショナルとして活躍し始めたクラッシャー達でさえも、多くの殉職者を出したのだ。
その多くの犠牲の上に・・・今のこの安全で豊かな暮らしがあるのだった。

「人は日々の”当たり前の”幸せに慣れちまうと・・・それがどんなに大事なものだったのか、忘れちまう」
カデルが遠い日々に想いを馳せるように、そのブルーグレイの目を細めた。
「クラッシャージョウ」
名を呼ばれたジョウが黙って、その横顔を見る。

「もし、命より大事なものがあるのなら・・・けして、その手を離すな」

男は名を呼んでおきながら、ジョウのことを見てはいなかった。
そして、その言葉もまた彼に投げかけているというより、自分に向けて落されたような、力の無い呟きだった。


搭乗案内のアナウンスが流れた。
カデルがアムネリアの名を呼ぶと、アルフィンが手にのせて連れて来た。羽根はカデルをかばって破壊されたままなのだ。
アルフィンがラズベリーピンクの小さな頭にキスをした。
フェアリーがアルフィンの頬に抱き着いて、離れようとしない。
カデルが子供を諭すようにフェアリーに何かを言い、アルフィンから受け取って自分の肩に乗せた。
カートを持って搭乗ゲートのサインを確認する。ジョウの方を振り返った。

「また、何処かで・・・会うかもしれんな」
「そんなに・・・狭くはないぜ、宇宙って」
ジョウが少し、あきれた口調で答えた。

「そうか?昔、誰かが言ってたぞ」
カデルがいつものごとく片目を眇(すが)め、口の端をあげてジョウを見た。

「宇宙は偶然出会うには狭すぎる、ってな」



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