◆◆ つないだ手 〜After V.P.R 〜 ◆◆ | ||
カンダールを発つ予定だったのが、一日延期となった。 ジョウはアルフィンと一緒に宇宙港のすぐ外にある、銀河連合のサテライトオフィスに来ていた。 出港手続きをしている際に、出国管理官からクレームがついた。船籍登録の更新期間が過ぎているというのだ。 ここ一週間のドタバタで、再更新の手続きを忘れていた。これが切れていては出国はおろか、宇宙空間での航行もできない。 期限内であればオンラインでの申請が可能だったが、この場合は乗組員が直接オフィスに出頭する必要があった。 担当官にIDを渡し、指定端末でフォームに入力した後はロビーで待つことになった。 革シートの長椅子に二人は並んで座った。アルフィンは自分の携帯端末でアムネリアが送って来たムービーを嬉しそうに観ている。 そんなアルフィンの様子を横目に見ながら、ジョウは椅子の背に身体をあずけ、腕を組んだ。 天井を見上げて、ひと息ついた後。 ジョウは昨晩の情報屋との会話を思い出していた。 病院に入院中だったジョウはタロスに命じて、カデルのことを調べさせていた。 突然介入してきたGCPOの裏を取る目的もあったし、カデル個人の経歴も確認したかった。 今回のザルツの国際指名手配の件は以前よりGCPOの捜査対象に挙がっていたようだったが、情報が少ないのと他の緊急性の高い事件が優先され、頓挫していた。それがカデルの言うように、確実性の高いリークが入り、またカンダール政府からの緊急要請もあって、急きょ動き出したようだった。 「GCPOの捜査官を調べるなんざ、穏やかじゃあねェな」 ダイスと名乗った情報屋は開口一番、さぐりを入れて来た。 「いや、別にもめているワケじゃないんだ。ただ経歴や過去に関与した事件を知りたい」 「もちろん、報酬に見合うネタは掴んできたぜ」 ジョウはブラックアウトしたモニタの前で腕を組んだ。用心深い情報屋が顔を出すことは無い。 「あんまり、よろしくないのが絡んでる」 「なに?」 「フェリペ・セタスを知ってるか?」 「・・・・・・詳しくは知らないが、名前は聞いたことがある」 「だろうな。ルーシファほどの知名度は無いが、裏の世界じゃ知る人ぞ知る、犯罪カルテルだ」 モニタが突然、オンになった。情報屋が調べたデータを提示する。 「カデルはそのフェリペ・セタスをずっと追っている捜査官の一人だ」 ジョウはそのデータに目を走らせ、眉をひそめた。麻薬、誘拐、人身・臓器売買、武器密輸、そして殺人。あらゆる犯罪の巣窟だった。 「フォーマルハウト星域を中心に暗躍している。各惑星国家からの被害状況を元に国際警察機構のGCPOが国際指名手配犯を追っているが、ここ最近また勢力が拡大し、地下に潜っている犯罪組織とも繋がっていて、本当にタチが悪い」 ダイスはひと息入れて、続けた。 「そんな中でもカデルはかなり優秀な捜査官で知られている。フェリペ・セタスの幹部級を挙げたり、アジトの急襲作戦の指揮を執って表彰されたこともある。まあ、ちと強引で無茶をやりすぎる感はあるがな」 ジョウはザルツを仕留めた手際を思い出し、薄く笑った。 「その無茶で、腕をサイボーグにしたのか?」 「いや・・・それは、2年前の娘が誘拐された事件の時だ」 モニタの向こうでダイスが声のトーンを落とした。 「報道管制がしかれて、公のニュースにはならなかったが・・・調べると、まったく悲惨な事件だ。フェリペ・セタスがカデルを脅威と見なしたんだろう。よくある汚い手だが、娘を狙った。カデルが気づいて、娘を逃がそうと動いた時にはすでに遅かった。宇宙港のエントランスで白昼堂々襲撃、娘の手を握っていたカデルの右腕ごと、やつら掻っさらって行きやがった」 「・・・・・・!」 「カデルは一旦、捜査から外された。が、今年に入って・・・・・・何か新たな情報が入ったのか、GCPOの上の考えなのか。フェリペ・セタスの捜査に密かに戻っているな」 経歴と事件データに並んで映し出されたカデルのIDフォトを、ジョウは黙って見つめていた。 「・・・・・・ジョウ!」 「あ、ああ・・・・・・」 アルフィンに耳元で呼ばれて、ジョウは夢から醒めたように現実に戻った。 「どうしたの?ぼんやりして」 「いや。ちょっと・・・考え事をしてた」 左手で両目を抑え、かぶりをふるジョウの様子を、アルフィンが心配そうに見つめた。 「だいじょうぶだ。なんでもない」 ジョウはアルフィンや他のメンバーに、カデルの過去の事は伝えてはいなかった。 ザルツの件が完了し、GCPOの確認も取れた今、彼の個人的なデータを開示する必要は無い、と思ったからだ。 更新手続きはスムーズに完了した。 「思ったより、早く終わったな」 ジョウが建物の外に出て、昼前のやわらかい陽射しに目を細めた。 二人は宇宙港の中央エントランスに向かって歩き出した。 サテライトオフィス寄りのエントランスはショッピングモールに直結していたため、現在封鎖されていた。 テロ事件で大きな被害を受けた建物は、すでに補修工事が始まっている。 いつもならモールの中を通って宇宙港のフロアにショートカットで行けるところだが、しばらくは外を大回りして向かうしかなかった。 「あたし、ホットショコラ買ってこよう」 ひとつのワゴンからの甘い香りに気付いたアルフィンが、振り返ってジョウに訊く。 「ジョウもいる?」 「いや・・・俺は、いい」 そう言ってから下を向いて、ふっと笑った。 「なに?」 「いや、女って・・・そういうドリンク好きだな、と思って」 「そうよ。だから女の子は甘いもので、できてるの!」 金髪を翻して走ってゆく後姿を、ジョウは優しい眼差しで見送った。 「にいさん、綺麗な彼女に花はどう?」 突然話しかけられて、ジョウは後ろを振り返った。 ニットキャップを目深にかぶった少年が、にっと笑いかけた。 花売りなのだろう。色とりどりのブーケが詰まった小さなワゴンを引いている。 「女は甘いものと花が、最高に好きだからね」 少年が人なつっこい笑顔でウィンクしてみせる。 「そのようだ」 ジョウも笑って、ワゴンを覗き込んだ。 花の名前は分からなかったが、レースを幾重にも重ねたような白い花を基調に、濃薄のピンクの花の入った愛らしいブーケを選ぶ。 「すげェや。彼女のイメージにピッタリの、選ぶんだね!」 「おまえ、なかなか商売うまいな」 ジョウがわずかに顔を赤くしながらも、あきれた口調で答えた。ブーケの価格にチップを足して、少年に渡す。 「Good Luck!」 金を受け取った少年は拳に親指をつき立ててみせ、口笛を吹きながらワゴンを引いて立ち去った。 「どうしたの?」 後ろから声がした。振り返ると、手にホットショコラのカップを持って戻って来たアルフィンが立っている。 ジョウは一瞬、手元に視線を落とし、そして選んだブーケをアルフィンの前に差し出した。 「ん、ほら」 「え・・・あたしに?」 碧眼を丸くして、ジョウを見上げる。 「バレンタインには男が女に花を贈る習慣も、あるんだろ」 照れ隠しに肩をすくめてみせる。 「うれしい!」 「う、わっ・・・と」 無邪気に抱き着くアルフィンから、咄嗟にカップを取り上げた。もう少しで熱々のホットショコラをひっくり返すところだ。 「ありがとう、ジョウ」 そんなことを全然気にする様子もないアルフィンは、嬉しそうにジョウの胸にその金の頭をすり寄せた。 「でも・・・これでルーとのデートは帳消し、ってことには、ならないわよ」 アルフィンが可憐なブーケに半ば顔をうずめながらも、上目遣いにジョウを睨んだ。 「何度も云ってるだろ・・・・・・いろいろ、事情があったんだ」 「わかってるわよ、情報屋と等価交換とかいうフザケた事情でしょ?リッキーから聞いたわ」 つん、とその愛らしい顎を上げて、アルフィンが横を向く。 (吐かせた、だろ・・・) ジョウは無残に腫れ上がったリッキーの頬を思い出して、苦笑した。 そして、両手を上げて降参のジェスチャーをしてみせる。 「わかった。今度の休暇に穴埋めする」 「ホント!?」 アルフィンの機嫌が目に見えて良くなった。 「この惑星特産のガナッシュ・パウダー入りショコラ、ほんと美味しい!」 ジョウから戻されたショコラを一口飲んだアルフィンが、感嘆の声をあげた。 「ジョウも一口、飲んでみない?」 「いや、いい。甘いの、得意じゃないんだ」 「そうなの?美味しいのに・・・」 ふー、とホットショコラに息をふきかけるアルフィンの仕草に、ジョウは思わず微笑んだ。 二人はしばらく、とりとめのない話をしながら歩いた。 アルフィンの足がふと、止まった。 「ジョウ・・・・・・もらったお花。ここに飾ってもいい?」 アルフィンが立ち止まったのは、ショッピングモールの、とあるエントランス前だった。 そこには過日のテロ事件の被害者を追悼して、たくさんの花のリースやブーケが置かれていた。 その花々の中には故人に宛てたカードや手紙、そして写真も飾られている。 「あの日、あの場所で亡くなった恋人たちに・・・捧げるわ」 ジョウがアルフィンを見る。黙ったまま、うなずいた。 少女は青年から初めてもらったブーケを、柱の元にそっと置いた。 「目の前で愛する人が撃たれるなんて・・・」 美しい碧い瞳から涙が溢れ、こぼれ落ちる。 「ジョウが無事で、良かった・・・」 たまらず、ジョウの胸に顔をうずめた。 その背中を優しく撫ぜながら、ジョウは内部が破壊された建物を見上げる。 あの夜の惨状を想い出し、唇を噛んだ。 すぐ隣から、小さな嗚咽が聞こえてきた。 目をやると柱の元に立てかけてある写真の前に、若い女がひとり、ひざまずいている。写真には、カップルの姿が見えた。おそらくその女性と恋人が映っているのだろう。 その女性は恋人と思われる名前を、うわ言のように繰り返していた。両頬に流れる涙をぬぐおうともしない。 母親だろうか。初老の女性が、その肩を抱きかかえるように寄り添っていた。 「行くか」 「・・・・・・・・・うん」 その場にいたたまれなくなり、ジョウとアルフィンはふたたび、歩き出した。 しばらくして、アルフィンが思い出したかのように手に持っていたショコラを口元に持っていった。 もう残り少ないのか、ドリンクカップを傾けて顔を反らせる。 さらり、と金の髪が肩から胸に流れ、白い首があらわになった。 その光景に思わず目を逸らしたジョウだったが、ふと思いついたようにアルフィンに言った。 「やっぱり、俺にもホットショコラ、くれよ」 「え、なぁに?今、全部飲んじゃったわ」 アルフィンがあわてて、ドリンクカップの中を見る。 「じゃあ・・・・・・」 ジョウがアルフィンの顔の前にかがみこんだ。そっと唇を重ねる。 「ん、結構甘いな」 アンバーの瞳が、悪戯っぽく笑う。 しばしの間、固まっていたアルフィンが、ようやく言葉を発した。 「甘いの、得意じゃないって・・・言ってたじゃない」 「いや、これなら何度でもいけるぜ」 「・・・・・・・・・ばか」 アルフィンがドリンクカップで口元を隠し、白い頬をバラ色に染めた。 「さあ、ミネルバに帰るぞ」 照れかくしにジョウがアルフィンの背を軽く押した。 「あん、待って」 アルフィンがジョウの腕を掴もうと手を伸ばした。お互いの指先が触れる。 ――命より大事なものがあるのなら・・・けして、その手を離すな。 ジョウは黙ってアルフィンの手を把った。 その握る力の強さに、アルフィンが驚いてジョウの横顔を見る。 それに気づいて、ジョウはふと、優しく笑った。 「・・・・・・なんでもない」 まだ陽の高い空には、うっすらと白いカンダールの月が浮かんでいる。 ジョウが眩しそうに目を細め、その碧空を仰いだ。 「明日はやっと・・・宇宙だ」 |
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