「ひでェ仕事になった」 ジョウが手榴弾のピンを引き抜き、後ろ手に投げた。 すかさず、ジョウとタロスは近くの岩陰に転がり込む。数秒遅れて派手な爆破音と共に岩山の天井がなだれ落ち、後方の洞窟の通り道が完全に塞がった。 「まあ、話がウマ過ぎるとは思いましたがね」 タロスがゆっくりと左手の機銃を仕舞いながら、他人事のように呟く。 「じゃあ、あっしは予定どおり、一足先にズラかりますぜ」 タロスが岩陰からゆっくりと立ち上がった。 「ああ。派手に立ち回るから、無事ミネルバにブツを運んだら迎えにきてくれ」 「了解!」 そう言ってタロスは足元にあった小さなコンテナを背中に背負った。小さいとは言ってもタロスの巨体からはみ出るほどの大きさだ。重さも100キロ以上はあるだろう。 そのコンテナをサイボーグのタロスは軽々と担ぎ、洞窟の入り口へと急いだ。 ジョウはその姿を見送ってから、おもむろに左手首の通信機をオンにする。 「アルフィン!どこに居る?」 「ポイントDの手前よ。左手に岩山が見えるわ」 間髪入れずに、応答がある。 ジョウはすばやく頭に叩き込んだ地図でアルフィンの位置を推測した。 「オッケイ。その岩山の北側の洞窟の入り口に居る。一旦、合流しよう」 「了解!」 しばらくして突然、洞窟の外から激しい銃撃音が響いた。 近くにまだ伏兵が居たらしい。外を見ると、左手の岩陰に数人のゲリラが身を潜めている。 姿は見えないが、ゲリラがうかがっている方向の岩陰のどれかに、アルフィンが居るはずだ。 ジョウは洞窟から飛び出した。おとりになって自分への注意を引きつける。 ライフルを一連射して3人の兵をなぎ倒した。 ゲリラがジョウに気付き、あわてて岩陰を移動して散開する。よく訓練された兵だ。すぐに攻撃に転じ、ジョウの周りにビームが集中した。 ごろごろと転がりながら近くの岩陰に移動した。クラッシュジャケットを通しても鋭利な岩が身体に突き刺さるように痛い。 「ジョウ、上!」 甲高い声が空気を切り裂いた。 思考よりも、即座に身体が反応した。 瞬時にライフルの銃口が鎌首のように持ち上がり、今まさに洞窟の上からジョウを狙い撃ちしようとしたゲリラを撃ち落す。 ほっと一息つく間もなく、左手で爆発がおこった。 咄嗟に地面に伏せる。岩の破片がバラバラと降ってきた。 ゲリラが静かになったところを見ると、アルフィンが手榴弾を投げて一掃したらしい。 「派手にやってくれるなァ」 ジョウが自分のことは棚に上げて、ぼやいた。 「ジョウ!」 声がした方を振り返ると、赤いクラッシュジャケットが視界に入った。しかし、一連の銃弾がその行く手を遮る。 「アルフィン!」 ジョウが岩陰から上体を出して、援護射撃する。 再び、すばやく身を潜めたジョウの元にアルフィンが転がり込んできた。 「大丈夫か?」 「平気、かすっただけよ」 すぐに体勢を立て直し、猫のような身のこなしですっ、とジョウに寄り添った。そのまま、背中合わせでレイガンを構える。 「タロスは?」 「ブツを持ってミネルバへ向かっている」 「じゃあ、あとは引き上げるだけね」 「そういうことだ」 アルフィンはレイガンを構えている上体を少しそらし、ジョウにもたれかかった。 彼女は無意識なのか、背中合わせの時はいつも以上に、ぴったりと密着してくる。 ジョウの方も顔が見えないからだろうか、背中合わせの体勢の時にかぎっては、いつものようにあわてて身体を離すことはしなかった。 それどころか、ほどよい重さがクラッシュジャケットを通して背中から伝わり、アルフィンの無事を身をもって確認できる。 確かな体温さえも感じられるようで、戦闘の最中のその体勢はジョウの心を束の間安堵させるものだった。 「ジョウ、次の休暇は惑星バルバーナのインダルシア島にして!」 「は?」 そんなジョウの思惑からは程遠いアルフィンの台詞に、ジョウはライフルを構えたまま、首だけ振り返った。 対してアルフィンは前方から視線を逸らさず、レイガンを構えたまま口早に続ける。 「ヘヴンビーチの珊瑚と海草で作ったトリートメントで髪と全身ボディパックのコースを受けるわ。もちろん、深層海洋水のプールとサウナでたっぷりと身体を温めたあとの全身マッサージもはずせない」 「…………」 「ネイルのトリートメントにも数日かけるわ。綺麗にシェイプを整えたあと、とびきりゴージャスなデザインで飾るの。バカンスの間、好きな色とデザインで毎日変えるわ」 「アルフィン……」 「バケーションは三週間ばっちり、一日だってまけられない。どっぷりインダルシアにシケこんで、アラミスからの緊急連絡だろーと、クラッシャー一級指令だろーと、何があろうと一歩も出ないからね!!」 「おい……」 熱病にうなされているかのようにブツブツと喋り続けるアルフィンの様子に、さすがのジョウも遮るタイミングを逃し続けていた。 が、再び始まった銃撃の音にチームリーダーは、はっと我にかえった。 現在、バカンスの計画を練っている状況ではないのは、明白だ。 「いいかげんにしろ!アルフィン」 少し声を強めに嗜めたジョウに、アルフィンがようやく振り向いた。 「今はそんなこと、言ってる場合じゃな……」 しかし、チームリーダーの威厳も、その振り返った碧眼の前に消し飛んでしまった。 「そんなこと?」 振り返った愛らしい顔には、黄泉の国への道すがらに灯る青白い炎のような双眸が炯っていた。 「そんなことって、どうゆう意味?」 「…………」 「ジョウは劣悪な状況下で至極困難な仕事を遂行している部下が、ささやかなバカンスの夢を見ることが『ちっぽけでつまらないこと』だと言うの?」 「え、いや……」 「銀河の外れもハズレ、こんな辺境の改造度Dクラスの惑星で、昼夜問わずに走り回ってもう二週間。強烈な二重太陽から降り注ぐ放射線と平均湿度が10%を切る劣悪な気候のせいで地表は岩山ばかり、森林はおろか草木の一本も生えてない。こんな最悪の環境でもう二週間よ?お肌はもちろんのこと、髪の毛の先から爪の先まで、ダメージ受けてバサバサよ!」 アルフィンが呪いの言葉を言い終わらないうちに、すぐ上の岩に銃弾が当った。バラバラと小石が降ってくる。 「うっさい!」 目にもとまらぬ速さで、アルフィンは腰のフックにひっかけていた手榴弾をはずすと、後方へ投げつけた。 あたりを震わす轟音が響き、ゲリラの射撃が再び静かになる。 「この仕事、いつものアラミス経由の飛び込みでバカンス返上で請けたわよね?」 ゆっくりと金の頭をめぐらし、アルフィンはジョウを睨めつけた。 ジョウはというと、ヘビに睨まれたネズミのごとく微動だに動けない。 「あの時確かバーニイ、『ジョウのチームだったら、三日もあれば余裕で終わる』って言ってなかった?」 「う……」 「それがどーよ?ずいぶんと話が違うじゃない?星域外にワープアウトしたとたん、予想外のゲリラ部隊のお出迎えで派手なドンパチに11時間。ようやく降りれたと思ったら、クライアントが提示してきた地図がてんで役に立たなくて、空中彷徨うこと34時間。目当ての原始鉱物も重いばっかの不定形体で回収にとんだ時間をくったわ。その上、どっから湧いて出てくるのか分からないあのゲリラの群れに退路を遮られて、もうほとほと神経も限界よ!」 「…………」 「そんなかよわい神経を持つ可愛い部下が、自分への『ご褒美』次のバカンスのことだけを楽しみに必死に気分を高揚させて闘っているのよ?それなのにうちのチームリーダーはそれを 『ちっぽけでつまらないこと』 だと言う訳ね?」 「い、いや……誰もそんなことは……」 マシンガンのように止まらないアルフィンの台詞に、ジョウはただうろたえるだけだった。 「じゃあ訊くけど、ジョウは何を楽しみにこの仕事をしてるの?」 「え?」 「この仕事をさっさと終えて、自分への『ご褒美』は何を考えてるのよ?」 「褒美?いや……それはクライアントからの、報酬だろ?」 「報酬?あんなバンク間をデータで移動する数字なんて、全然現実味がないじゃない!もっと現実的に心癒される、わくわく楽しみにしてるものって、ジョウはないの?」 「心癒される楽しみ……」 ジョウがとまどった表情を見せて、手元のライフルに目を落とした。 「まさか……」 アルフィンが上目遣いにチームリーダーを見遣る。 「仕事中の今が、まさにその時、なんて言わないでしょうね?」 「う」 図星をつかれたのか、ジョウの身体がびくっと震えた。 何か言い返そうと思って唇を舐めるが、思うように言葉が出てこない。 「あきれた」 アルフィンが、がっくりと肩を落とした。 「前々から思ってはいたけど……ここまで仕事バカだなんて!」 「…………」 ジョウに言葉は、ない。 「ああもう!上司に恵まれない部下はどーしたらいいの?」 アルフィンがわざとらしく頭を抱え、左右に激しく振った。金髪が生き物のように宙を舞う。 「リッキー!アンタ何してンのよ?さっさと迎えに来てよ!」 アルフィンが左手首の通信機に喚いた。ミネルバでタロスの帰還を待っているリッキーを呼び出したのだ。 呼び出し音もなく、いきなりヒステリーの標的になったリッキーの声は、既に上ずっていた。 「え?だ、だってタロスのアホがまだ……」 「おだまり!ちゃっちゃとタロスのアホを回収して、こっちに来ンのよ!わかった!?」 「で、でも……」 「そんでもって、この洞窟周辺のウザいゲリラ共を、ミサイルで吹き飛ばしてくれる?どーせ改造度Dクラスなのよ、少々地形が変わったってかまやしないわ!」 「そんなァ……」 「わかったの!?」 「り、りょーかい」 リッキーの消え入りそうな声が終わらないうちに、アルフィンは通信を切った。 上司であるジョウの意見を完全に無視した指示だが、チームリーダーには口を挟む隙もなかった。 アルフィンがレイガンのエネルギーチューブの残量を確認しながら、ゆっくりと首をめぐらした。 碧眼が鋭く、ジョウを射る。 「ジョウ」 ジョウの肩がびくっ、と震えた。 「いいこと?さっきの件、忘れないでね」 「……あ、ああ」 ジョウの壊れたロボットのような頷きにようやく機嫌を直したのか、アルフィンは満足気にくるり、と背を向けた。 その背中はさきほどジョウに甘えるようにぴったりと寄り添ってきた背中とは程遠いものだった。 まるで氷の刃のようだ。不用意に近づくと大ケガしかねない。 ジョウは聞こえないように、ひとつため息をついてから、ゆっくりと背を向けた。 ――本当に、ひでェ仕事になった。 背中合わせのまま、ジョウは心の中でぼやいた。 |
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