HAPPY BIRTHDAY AND …



「…ったくこんな窮屈なモン着せやがって…」

不機嫌そうにどさりとジョウが腰を下ろしたのは、ミネルバの副操縦席だ。
黒いスーツに、赤いシャツ。ジョウが、その逞しい首に結ばれた黒のタイを鬱陶しそうに太い指で緩めるのを、隣の操縦席に座って疲れ切ったようにコンソールに身を預けているアルフィンはうっとりと眺めた。
「窮屈そうだけど、似合ってるわ。すごくカッコいい」
アルフィンにとっては、正直に思ったことを口に出しただけの言葉だが、
ジョウにとっては、口元が緩んでくるのをわざと不機嫌な顔をして隠さなければならなくなる類の危険な言葉だった。
まして。
ジョウは、ちらりと横目で操縦席に座るアルフィンを見る。
今のアルフィンは、背中の大きく開いた黒いドレスを着ていた。白い背中に流れている長い金髪、スリットからのぞく白い美しい脚。疲れて力を抜いた、無防備な姿。

…そういう事を言うな。二人きりのこの状況で。
と、ジョウは思う。

ブリッジは、静かだ。
長く留守にしていたからか、少し肌寒いような空気が漂い、
時折、電子音がピーと小さく響くだけだった。

「早く出発準備しなきゃいけないわね」
アルフィンは、ようやく、と言った感じでコンソールから身を起こした。
テラでコレクションが開催されている約一カ月、以前からストーキングや脅迫の被害に悩まされていたスーパーモデル、ヴァネッサ・パーカーのボディガードについていた。現在のところ宇宙一、との呼声の高い彼女の報酬は桁が違った。日程にはかなり無理があったが契約し、ようやく先刻、契約期間が終了したところだ。
コレクションが終わってからのいわゆる打ち上げパーティに無理やり出席させられ、おまけに今日がジョウの誕生日だということが某機関士によって暴露されたためとんでもない金額のスーツや時計や靴、ついでにドレスをプレゼントされ、ヴァネッサやモデル仲間に取り囲まれて早くパーティを逃げ出すことも難しくなり、今に至る。
今すぐに補給と点検を始めて早急に終わらせて、数時間後には出発しないと次の仕事には間に合わないという状況だった。
リッキーとタロスは、パーティからの帰りにそのまま備品補給に出ている。

「少し休んでろ」
そう言って立ち上がるジョウを、アルフィンがその美しい蒼い瞳で見上げた。
「ジョウ」
「何だ」
「あのね」
アルフィンの顔は、疲れと、微妙な不機嫌さを含んだ複雑な顔だった。
まあ、不機嫌の理由なら簡単に分かる。ついさっきまで、自分は宇宙一のスーパーモデルと美女揃いのモデル仲間に取り囲まれていたのだから。
しかし、それはジョウにとっても同じことなのだ。アルフィンの周りには、モデルの美女たちの誰よりもたくさんの男が群がっていた。
着なれない窮屈なスーツよりも、ジョウの不機嫌の理由はどちらかというとそこにある。
…ことを、彼女は知っているのかどうか。

アルフィンはしばらく言葉を出さず、ちょっとだけ睨むようにジョウの顔を見た。それから、ふう、と息を吐いてから、微笑んで。
「お誕生日、おめでとう」
「…ああ、ありがとう」
以前なら暴れだすほどになるはずのこんなときに、爆発しなくなったのはいつ頃からか。
「それでね」
「…」
「ずっと忙しかったから、プレゼントがないの。ヴァネッサはあなたにこんな素敵なスーツなんか、プレゼントしちゃったのに」
「…そんな事、どうでもいいさ」
自分を見上げているアルフィンの目が余りにも綺麗で、言葉の一つ一つが余りにも可愛くて、思わず抱きしめてしまいそうになってジョウはわざとぶっきらぼうに、無表情にそう言った。
ブリッジを出て行こうとするジョウの背中を、アルフィンの声が追いかける。

「何欲しい?」

胸の中で即答できる答えがある。絶対に口にはできないけれど。

「…何もない」
「じゃあ、今なにかあたしにできることは?してほしいことは?」
「…」

ジョウはアルフィンを振り返った。疲れて操縦席に座ったままの彼女の、ドレスに隠された胸元には、濃い痣があるはずだった。クライアントを庇ってついた、傷跡。
それが仕事だと、分かってはいても。

「そうだな」
ジョウは、その胸元から蒼い瞳に視線を移して言った。するりと、言葉は出た。

「…死なないでくれ。ずっと、俺とミネルバに乗っててくれ」

それは、正直に、思ったことを、口に出しただけの、言葉。


アルフィンは、ジョウの顔を見つめながら何度も瞬きして、しばらく黙っていた。
やがて、真剣な顔でこくんと頷いて、
「…わかった」
と小さな声で、言った。

ジョウはわずかに頬を赤くして、照れくささを隠すように歩きだした。
「エンジンを見てくる」
「うん」
ジョウの、黒いスーツの、一分の隙もない姿がドアの向こうに消えるまで、アルフィンはずっとその後ろ姿を見つめていた。


深く深く息を吐いて、再び、コンソールに身を預ける。
幸せそうな頬笑みを浮かべて、潤んでくる目を閉じる。
こんなに胸が痛いのは、この傷のせいじゃない。
あなたの言葉が。
幸せで、痛いよ。ジョウ…



クラッシュジャケットに着替えもせずに、黒のジャケットだけ脱いで赤いシャツを腕まくりして、油まみれになってジョウはエンジンを点検していた。
よく考えれば、すげえ言葉だ。
と思って、苦笑する。

プロポーズ以外の何だってんだ。

機械と配線と格闘しながら、ジョウは考えていた。
彼女と出会ってから、何年も何年もずっと考え続けてきたことについて。
自分の力で手に入れてきたもの、手に入るもの、そして自分の力だけでは手に入れられないものについて。
そして、そのうちスパナを放り投げて、同時に、考えることも放棄した。
どれだけ考えても、答えは一つだから。


次の休暇には、アルフィン。
今までの誕生日すべてと、
これからの誕生日すべての分の、プレゼントを貰おう。



艦橋にいる彼女と、
船尾にいる彼は、
近くて遠いその距離がゆっくりと縮んでいっているのを、
そこに確かに在るお互いの想いを、感じている。

熱い胸に。


Happy Birthday, and…


                   
I love you.



2009*J誕にスーツJさんを描いたら・・・ゴッドハンド舞妓さんから、こーんな素敵なSSを頂戴してしまいました!!←ガッツポーズ☆
もうね、いつもながらにぐいぐい惹き込まれる「舞妓ワールド」にv
どうぞ、貴女も翻弄されちゃってください〜☆
舞妓さあぁんv
私の理想の「Jさんプロポーズ」を書いてくださって、本当にありがとうございました!!!


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