◆◆ 魔 法 の 粉 ◆◆ | ||
「やっと、宇宙だぞーぅ!!」 リッキーが両手を挙げて叫んだ。 カンダールのトマキオプス宇宙港から飛び立ち、大気圏離脱後のミネルバは一番近いワープポイントまで、太陽系内では異例の猛加速60パーセントでブッ飛ばした。 特に次の仕事のスケジュールが詰まっている訳ではなかったが、一刻も早く宇宙に出て、この星域から離れたかったのだ。 星域外に出た途端、すぐに200光年ほどワープした。 そこで初めて慣性飛行に切り替え、皆がほっと一息ついてシートにもたれかかったところの、リッキーの第一声だった。 「やっぱり、クラッシャーには、こっちの方が落ち着きますわ」 「ホント、フロントウィンドウの外が漆黒の宇宙じゃないとね」 相好を崩したタロスの台詞に、アルフィンが深く頷いて同意した。 「ミネルバの0.2Gの人工重力が・・・心地いいな」 ジョウがその重力を愉しむかのように、シートにもたれて腕を組む。 「なあに?それ」 アルフィンが思わず、噴き出した。 「くぅー!そこ、わかるよー兄貴!」 「俺たちはもう陸(おか)じゃあ息が出来ない身体になってますな」 「ちがいない」 4人が一斉に笑った。 「しっかし・・・・・・いつにも増して、今回は散々な仕事だったなァ」 リッキーが両手を頭の後ろに組みながら、ぼやいた。 「3ヶ月近くザルツを追って惑星を転々とした挙句に・・・・・・辿り着いたカンダールでは宇宙港から一歩も出ずに、あの最悪なテロ事件。おいら、ほとほと〜疲れたよ」 「おめェなんて、大半ミネルバで鼻ほじってたろ」 「なんだよ!その言い草!」 「まあ、肝心のザルツを捕まえたから、いいとするサ。クラッシャー稼業なんて、そんなもんだ」 ジョウが肩をすくめて、あっさりと言った。 チームリーダーの台詞に半ば納得しながらも、リッキーはそういえば、と思い出したことを唐突に話しはじめた。 「そうそう、今回の唯一イイことって言ったら……カンダールのガナッシュ・パウダー入りのドーナッツがむちゃくちゃ旨かったことだね!」 「なによ、それ。また食べ物?」 リッキーの言葉にアルフィンが目を丸くして呆れた。 「いや、ホント!アルフィンが買ってきてくれたアレ、おいらが今まで食べたドーナッツの中ではベストワンだったよ!」 「おめェが今まで食べてきたのがドーナッツじゃない、って話もあるぜ」 タロスがすかさず、混ぜっ返す。 「なんだとォ!?」 リッキーが憤慨してシートから立ち上がった。 「ふーん、そんなに旨かったのか?」 意外そうな響きを含ませて、ジョウが二人をふり返った。 その問いかけに、立ち上がったリッキーをあっさり無視したタロスが真顔で答える。 「いや、あっしもそんなに甘いもんが好きなワケじゃあ、ないんですがね。あの中に入っているガナッシュ・パウダーってやつのせいか、ちょっと・・・ヤミつきになる味でした」 「タロスがそこまで言うとなると・・・・・・気になるな」 「ホント、もう手が止まらなくてさー、どんな粉なんだろ?麻薬でも入ってンのかな?」 「ばっかねー」 アルフィンがリッキーの台詞に再び、噴き出した。が、何かを想い出したかのように、細い人差し指を口元にあてて言葉を継いだ。 「でも・・・そういえば。確か、ガナッシュ・パウダーのキャッチコピーが”恋に落ちる魔法の粉”って・・・書いてあったわ」 「恋人達の惑星を謳ってるカンダールらしい、クサすぎるコピーだぜ」 タロスが呆れたように鼻をならした。 「いやー兄貴にも食べさせたかったよ、ホント!ごめんよ、タロスのアホが3個も食っちまうからさァ」 「なんだと!てめェが先に5個、食ってたろーが!?」 振り返ったタロスが歯を剥いて言い返した。 「タロスは日頃、甘いモン食わないから、兄貴の分が残ると思ったンだよ!」 「ぬかせ!」 「わかった、わかった。もう、そんなことでケンカするな」 ふたたび、雲行きが怪しくなった二人を、ジョウは両手を挙げて制した。 「いいサ。俺も・・・・・・味見はしたから」 「えー、ホント?どこでだよ、兄貴」 リッキーが意外そうな声を上げた。 「どこって・・・・・・」 思わぬリッキーのツッコミに言い淀んだジョウが、空間表示立体スクリーンのシートを見る。 「・・・・・・・・・!」 そのジョウの視線と言葉の意味を理解したアルフィンが、弾かれたように立ち上がった。 「あ、あたし!ちょっと・・・その、コーヒー淹れてくる!」 言うが早いか、アルフィンは弾丸のようにブリッジから飛び出していった。 「・・・・・・なんだよ?アルフィン。熱でもあんのかな?顔、真っ赤だったぜ?」 しばらくの間、呆気にとられていたリッキーが不思議そうに首をひねった。 「コーヒーって・・・・・・まだ、さっきドンゴが持ってきたのが残ってますがね」 タロスも手元のマグを覗きこんだ。 「魔法の粉、か」 首をかしげている二人の脇で、ジョウがこっそりと呟いた。 「確かに・・・・・・ヤミつきになりそうな味だったぜ」 |
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