「ホントに?それがあの傷痕なの?」
ミミーが目を丸くして言った。

惑星アーリアにある風光明媚で知られるセントアクア・ビーチ。
そのビーチには併設された巨大なショッピングモールがあった。
モールの一角にあるフレンチ風のカフェテラスで、ふたりの可愛らしい少女が楽しげにティータイムを過ごしている。

今回の待ちに待ったバカンスには、タロスの粋な計らいでミミーが招待されていた。
久しぶりに会ったアルフィンとミミーは早速その充実したショッピングモールに繰り出し、ひと通りお気に入りのショップをチェックして、好きな服やアクセサリーを手にとってはしゃいだ。
何が可笑しいのか、ふたりの少女は何処へ行ってもお腹を抱えて笑い転げる。ことにアルフィンはその白い頬を上気させ、碧眼を輝かせていた。
いつも男所帯の紅一点で、知らず知らずのうちに気を張っていたのだろう。それに時折、無理矢理ショッピングに付き合わせる無粋な男どもは、女性の至福の楽しみを理解しようとはしなかった。
アルフィンは久しぶりに体験する同年代の女友達との会話に癒され、本当に心からそれを楽しんでいた。


目の前で驚くミミーの様子にアルフィンは俯き、上目がちに少女を見上げてバツが悪そうに答えた。
「……そうよ」 
そのアルフィンの仕草に思わずミミーが噴き出した。
「やだ、アルフィンったら可愛いのねェ。あ、年下なのにこんなこと言っちゃ悪いわね」
ミミーはその小さな舌をぺろっと出し、両肘をテーブルについて顎を乗せた。
「うーん、気持ちは分からないでもないけど。でも、そんなに嫌?」
「え?」
「だって。大好きな人が自分の夢を毎晩みてくれるんでしょ?例えそれがどんなシチュエーションだったとしても私は、嬉しいけどなあ」
「で、でも。服着てない夢なんて、そんな……」
「じゃあ、もしもジョウが他の女の人の夢を毎晩みたとしたら?それもオールヌードで」
「そんなの……いやよ」
アルフィンが赤らめた顔を思わず両手で覆う。
「でしょ?そう考えたらアルフィン、あなたはとっても幸せなんじゃない?喜ぶことがあっても怒ることはないわ」
「…………」
「それに、あの年代の男の子達の夢なんてそんなものじゃない?私も男兄弟は居ないけど、いっつも仲間とつるんでたから何となく分かるわ」
ミミーが目の前のパッションフルーツ・ジュースをストローでかき回した。
「あいつらのアジトなんか行ったらアルフィン、卒倒しちゃうわよ!壁からドアからそこらじゅうにピンナップがベタベタ貼ってあるんだから。それもナイスバディのお姉さんたちのヌードばかりよ?」
その光景を思い出したのか、ミミーはさも可笑しそうに笑う。
「ジョウの部屋にはそんなの、貼ってないの?」
「あ、あんまりよく覚えて無いけど……見たことないわ」
アルフィンがまだ顔を覆ったまま、首を小さく左右にふった。完全に年の位置関係が逆転してしまっている。
「うーん。そっちの方が不健全な気もするわ」
「そ、そうなの?」
慌ててアルフィンが身を乗り出した。
「ジョウって……不健全なのかしら?」
いちいちアルフィンの反応が可笑しくて、ミミーはまた噴き出した。
「やだ。ウソよ。そんなことないわ。彼の性格からすると異常なくらい照れ屋なんじゃない?きっとその方面は、とてつもなく不器用なのよ」
年下の少女が、これまたマセた口調で言う。
「でもこれで彼が健全なことが分かって良かったじゃない?そうよ、アルフィンは喜ぶべきよ!」

「……私。ジョウにひどいことしちゃったみたい」
アルフィンが小さな拳を口元において、再びうつむいた。
「そうね。あんな傷が残るほどやることは無かったかもね……」
「ミミー!どうしよう?あたしどうすればいい?」
アルフィンはいきなり目の前の少女の手を取った。
「まあ、ちゃんと謝った方がいいわね。そして素直に自分の夢を見てくれて嬉しいって、伝えるのよ。アルフィン、これは一歩前に進めるチャンスかもしれないわ!」
ミミーは両手でしっかとアルフィンの手を握り返した。
「そうね、何かお詫びのサプライズ・プレゼントを考えましょうよ!」
「ええ。一緒に考えてくれる?」
二人の可愛らしい少女たちは、テーブルに頭をつき合わすようにして話始めた。







その頃、同じセントアクア・ビーチに隣接したアミューズメントパークの一角でひとりの少年が喚き、叫び続けていた。
「くそくそくそくそくそっ!なんだよなんだよなんだよ、いったい!!」
小柄なリッキーが自分よりも大きい機械にへばりつき、ジェノサイド・ゲームに没頭している。
いや、没頭しているというか、八つ当たりをしているというべきか。
とにかく彼は目を三角にし、大きな前歯を剥き出して、ひと目もはばからず喚きちらしていた。

「おい、チビ。ちったあ静かにしろ。周りの客に迷惑だ」
リッキーの後ろに置いてある小さなソファに座っていたタロスが、うるさそうに振り返る。
「リッキー、まあそうクサるなって……」
そのソファの背もたれに寄りかかってリッキーの背中を見ていたジョウも、呆れた口調でなだめた。
「これがクサらずにいられっかよ!」
リッキーがレバーを握ったまま、鋭く振り返った。
「俺らご指名の240時間の護衛だろ?それが最初っからお姫様たちだけ、揃ってほくほくショッピング?これってどーゆーことだよ!兄貴!?どーして止めなかったんだよ!?仕事にもなんにもならないぜ!」
「だから……謝ってるだろ。ふたりとも女同士、久しぶりに出かけたかったんだよ」
ジョウが苦しそうに弁明する。
「へん。どーせ、アルフィンにひと睨みされてあっさり引き下がったんだろ?ヘビに睨まれたネズミだって、もすこし気が利くとこだぜ!あーもう、情けないったらありゃしねェ!」
八つ当たりの対象がゲームからチームリーダーに移り、少年の容赦ない毒舌に拍車がかかる。
「おい、ちょっと言いすぎじゃないか?」
ここのところの自分の不甲斐なさにいささか嫌気がさしていたジョウだが、ここまで言われる筋合いもなかった。
「人をネズミ呼ばわりするとは、聞き捨てならないぜ」
ジョウが寄りかかっていたソファから体を起こし、腕組みを解いた。

「ふたりともよしなせェ」
タロスがやれやれ、と言った口調でソファから立ち上がった。
「あの気まぐれなお嬢さんたちのショッピングに付き合わされることを考えたら、ふたりで勝手に楽しんでもらった方がどんなに楽かわからねェ。ふたり分の買い物の荷物持ちなんぞ、ぞっとしねェぞ?そう思いませんかい?」
タロスの至極まともな意見に、ジョウとリッキーはバツが悪そうに視線を交わした。
「……ごめん、兄貴。俺ら言い過ぎた」
「いや……。俺の方こそ、悪かったな」
リッキーがゲームマシンに背を向けてもたれかかった。ジョウと向き合う形になり、二人の目と目が合う。
「女って……ワケわかんないよ」
少年が顎をあげて大袈裟にため息をついた。
「……まったくだ」
青年は再び腕を組み、力なくソファに寄りかかった。


しかし次の日からはたいしたトラブルもなく、予定どおりの護衛が始まった。
ご指名のリッキーはクラッシャーになって以来始めてのご機嫌な任務に、地に足がついてないようであった。

「えーっと。ど、どこか行きたいとこ、あるかい?何か見たいものとか、欲しいものとかは?あ、まだ、海もちゃんと泳いでないよなー」
どんぐり眼をくるくるとさせて落ち着き無く喋る少年を見て、少女がくすっと笑った。
「リッキー、大丈夫よ。まだまだ時間はたくさんあるわ。そんなに焦って廻ることなんてないのよ。それよりどこかでゆっくり、会えなかった間の話をたくさん聞かせてよ!」
ミミーがつぶらな瞳を煌かせて、嬉しそうにリッキーの腕を把った。
リッキーはたちまち茹でたタコのように真っ赤になった。







 小さなリストランテでふたりは軽いランチをとっていた。
昼時を過ぎた店内は人影もまばらで、少女の押えきれない笑い声がよく響く。
「やだぁ!ホントに?ドンゴがジョウを婦女暴行で訴えたの?」
「そーだよ!タイヘンタイヘン、って騒ぎ立てるからさあ、こりゃヤバイってんでタロスと駆けつけたら、兄貴がアルフィンを組み敷いててさー」
リッキーがピッツアを一切れ口に放りこんだ。
「……そうしたら、格闘技のレッスンしてたとか言っちゃって。ふたりとも真っ赤になってやんの」
「あははは!やーねェ。あんたたち、おジャマだったんじゃないの?」
「っぱし、そーかなあ?でもその後、すっかり兄貴うなだれちゃってさ。お陰で俺らがアルフィンの練習相手だよ!兄貴が関節技なんて教えるから、アルフィンはりきっちゃって。俺ら、もう死ぬかと思ったよ!」
かなりのオーバーアクションで面白おかしく話すリッキーに、ミミーがまた笑い転げる。
「なんだかとっても楽しそう。いいわね、私も<ミネルバ>で生活してみたいな」
「まあ、まずネタには困らないね。毎日なんかが起こるぜ!」

ふたりでひとしきり笑った後に、ミミーが涙を拭きながら言った。
「でも…いいわね、アルフィンは好きな人と毎日一緒で。はじめは家族も国も捨てて、単身宇宙に出るなんてとても信じられない、と思ったけれど。でもそれと引き換えに大好きなジョウと一緒に居られるのなら、アルフィンは自分にとって最高に幸せな選択をしたんだわ」
「そうだなー。アルフィンは思い込みが激しすぎて大変なとこもあるけどさ、本当に自分の気持ちに正直なんだよな。兄貴ももう少し、分かってちゃんとしてやればいいのに、さ」
リッキーがテーブルに頬杖をつき、顎を乗せた。
「ジョウは……アルフィンのこと、好きなのかしら?」
ミミーがちょっとためらいがちに、しかし率直に訊いてきた。
「いや、間違いないね!兄貴っておっそろしく照れ屋で口ベタだからさぁ、そんなこと絶対言わないけど、もう行動がバレバレなんだよ。アルフィンのことになるともう、前後の見境無くなっちゃうからタイヘンなんだ!」
「ジョウが?そうなの?」
ミミーが意外そうに目を丸くする。そしてふっとため息をついた。
「いいなあ。そんなふたりがいつも一緒に居られるのって、羨ましいな」

ドルチェで注文したのはアプリコットとカシスの色鮮やかなジェラートの盛り合わせだった。
小さなスプーンを口に運びながら、ミミーがさりげなく口を開く。
「ねえ、リッキーは最近、何か夢見た?」
「へ?」
「うふふ。内緒なんだけどね、ジョウがアルフィンの夢を見たらしいんだけど」
ミミーが片目をつむって小声で話しはじめた。
「それが毎晩出てきちゃってね、すっかり寝不足になっちゃったんだって」
「あ、ああ。それは俺らもなんとなく知ってるよ。兄貴ずいぶんげっそりしてたから……」
「リッキーは見てくれないの?あたしの夢」
ミミーが悪戯っぽくリッキーを軽く睨んだ。
「え?お、俺ら?」
「そーよ!随分と会ってないのよ。夢の中だけにでも出演させてくれないの?」
「出演って……えっと。し、してるよ、時々……」
リッキーがどぎまぎして顔をうつむかせたまま、小声で答えた。
「ほんと?嬉しい!」
ミミーが手放しで喜ぶ。
「ねえ?リッキーの夢の中で……あたし、服着てる?」
「ぶっ」
リッキーが口に頬張ったジェラートを噴いた。
「やん!きったなーい!」
「ご、ごめん……」
リッキーが大慌てでナプキンを取って、テーブルの上を拭く。
「アルフィンがね、ジョウが服を着てない自分の姿を夢で見たらしいって、すっごく怒ってたんだけど」
ミミーが可笑しそうに片肘をついてその小さな顎を乗せた。
「私は……それでも嬉しいな」
「…………」
「どんな姿でもいいから、時々あたしも出演させてね」
「夢だけなんて、嫌だ」
リッキーがぼそり、と言った。
「え?」
「夢ン中だけじゃなくて、現実のミミーに会いたいよ。目の前でくるくる変わる表情を眺めて、笑い声を聞いて……そして」
リッキーが真っ直ぐにミミーの目を見て、言った。
「こうして、話をしたいよ」
ミミーがその頬をわずかに桜色に染めて、嬉しそうに言った。
「……本当ね。ありがとう」

「しっかし、兄貴。それであの傷かよ……」
可哀相だよなあ、とリッキーが大仰に眉をひそめて腕を頭の後ろに組んだ。しかし、口元が歪んで今にも笑い出しそうだ。
「大丈夫よ、今回ばかりはアルフィンも反省してるんだから。今ごろプライベート・レッスン真っ最中よ!」
「へ?」
訝しげに聞き返すリッキーなど気にせず、ミミーは意味ありげに笑ってウインドウの外を見た。







「ジョウ、入ってもいい?」

ためらいがちな声がインターホンから流れた。
ベッドに仰向けに転がっていたジョウが慌てて身体を起こし、ベッドサイドのコンソールを操作する。
ロックの外れた音がして扉がゆっくりと開く。その陰から金色の小さな頭が覗き、部屋の中を伺った。
「……いいぜ」
昨晩少し呑み過ぎたせいで頭が重い。ジョウは掠れた声で答え、くしゃくしゃの前髪をかきあげた。
そしてベッドに腰掛けた姿勢のまま、部屋に入ってきた少女を見る。
アルフィンはアプリコットオレンジのサンドレスに白のレーシーなボレロを羽織っていた。手には可愛らしい白いポーチと大きめのペーパーバッグを持っている。

「その……今日もし予定が無いなら、何処か出かけない?」
アルフィンが少し俯き加減にもじもじと提案した。
そのしおらしげな態度にジョウが訝しげに首を傾げた。
「別に……構わないが。なんだ、もう怒ってないのか?」
その言葉にアルフィンが弾かれたように顔を上げた。
「そんな怒ってるなんて、あたし。その……ごめんなさいっ」
アルフィンが突然、両手で顔を覆って謝った。
「な、なんだよ、急に」ジョウの方が逆に驚いて、顔を上げる。
「あたし、ジョウがずっと眠れなかったことも知らずに本当にひどいこと言っちゃって。その上、あんな仕打ちを……」
アルフィンはそっと顔をあげて、小さな声で呟いた。
「でもあたし、本当はとっても、とっても嬉しかったの。ジョウが毎晩、私の夢を見てくれるなんて」
「い、いや、それは……」
「ううん、どんな格好でもいいの!どんなことされても構わない!だから……」
「ちょ、ちょっと待て。まだ何もしてな……」
アルフィンの急な独りよがりな展開に、ジョウは慌ててベッドから立ち上がった。
「だから、これからも……私の夢だけ、見て」
潤んだ碧い瞳がまっすぐにジョウを見た。その瞳に金縛りにあったかのようにジョウの動きが、止まる。
「他の人の夢なんて、見ないで」
そう言って再びアルフィンは薔薇色に染まった頬を両手でつつみ、うつむいた。
その仕草にジョウは胸が締め付けられるようだった。たまらず近づき、そっとアルフィンの身体を抱き寄せる。
「無理だ」
「え?」
「もう……アルフィン以外の夢なんて、見れそうにない」
芳しい香りのする金髪に頬をつけ、ジョウは心からそう言った。

「本当?」
アルフィンが嬉しそうにその碧眼を輝かせた。
「あ、ああ」
その眩しい瞳を間近で直視できず、ジョウは慌てて顔を横に向ける。
と、アルフィンの目の前に痛々しい頬の傷痕がさらけ出された。
「これ……痛かったでしょう?」
白い指が盛り上がった頬の傷をそっと撫でる。
「いや。もう、慣れた」
ジョウは肩をすくめて苦笑した。

「あの……お詫びに。サプライズ・プレゼントがあるの」
アルフィンが恥ずかしげに微笑み、そっと身体を離す。
「詫びなんて」
「いいの、あたしの気持ち」
そしてアルフィンは肩に羽織っていたレーシーなボレロをするりと脱いだ。
「え?」
いきなり現れた陶磁のような白い肌にジョウの心臓がどきり、と跳ねる。
「ね、服を脱いで」
「は?な、なんで……」
ジョウが思わず後じさった。アルフィンが困ったように細い腕を伸ばす。
「だめよ、全部脱がなきゃ。これから私のプライベート・レッスンなのよ」
「プ、プライベート・レッスン?」
上擦ったジョウの声など気にせず、追いかけてきたアルフィンの指がジョウのシャツを掴んだ。
と、ジョウの後じさった足がベッドに引っ掛かかる。勢い、ふたりがもつれるようにベッドに倒れ込んだ。
「うわ」
「きゃ」
仰向けに倒れたジョウの上にかぶさるようにアルフィンが重なった。お互いの顔が触れ合うくらい近づき、細い金髪がジョウの頬を撫でる。
――そして。
ふたりの視線が絡み合った。







「なんでオマエだけこんなに早く戻ってきたんだ?」

滞在しているホテルのリンビングルーム。
ここのスゥイート・ルームは扉を開くと小さなエントランスがあり、その先に豪奢なリビングルームが広がっていた
大きな白いソファに座って、タロスが今しがた届いた荷物の梱包を解いていた。
機動スイッチをオンにすると低いモーター音が聞こえ、頭部のLEDランプが点滅し始めた。
アンテナが伸び、卵型の頭部が回転してタロスをモニタする。
「キャハ。たろす、久シブリ。寂シカッタデスカ?」
「いんや、別に。それよかドンゴ、なんでオマエだけ先に戻ってきた?俺はてっきり<ミネルバ>と一緒に戻って来るかと思ってたぜ?」
タロスが上体をソファにもたせかけ、子供の背丈くらいの万能型ロボットを眺める。
「イエイエ。ワタクシガ居ナイト皆様何カトオ困リダト思ッテ。ワザワザぱく・そんト直接交渉シテ超特急デめんてシテモラッタノデス。キャハ」
「困るもなにも俺たちゃ昨日から休暇なんだぜ?おめェの出番なんかねェーよ!」
「ソンナ、たろすヒドイ……」
ドンゴが不満気にランプを点滅する様を、タロスが面白そうに眺めた。
「まあ、いいさ。それで?ちゃんとハード部分もメンテしてもらったんだろうな?なんだか勝手に怪しいソフトをインストールしてるって、ジョウがえらい騒いでたぜ」
「ソコラヘンハドウゾゴ心配ナク!バッチリどるろいノえきすぱーと達ガちぇっくシテクレタノデ問題アリマセン!今マデ以上ニ素直デ従順ナワタクシメハ、充分皆様ノオ役ニ立テルコト請ケ合イデス!キャハ」
「……性格はちっとも変わっていやしねェ」
タロスが大きな手で顔を覆った。

と、隣のルームへ続く扉が開いた。
リビングルームの隣にはまたひとつ小さなエントランスルームがあり、その部屋の周りに各部屋の扉が設けられていた。よってリビングルームからは各部屋の行き来は直接見えないのだった。
扉からまず最初にアルフィンが現れ、そして促されるようにジョウがリビングルームへと入ってきた。
「あら?ドンゴもう戻ってたの?」
「キャハ。あるふぃん、オ久シブリデス。今日ノどれすモ素敵デスネ」
「あらそう?なんだかイイ感じにプログラミングされて戻ってきたんじゃない?」
アルフィンがドンゴの調子の良い答えに思わず噴き出した。
「それより、今日はジョウのファッションを見てあげて!」
「い、いや……」
焦ってまた扉の内側に戻ろうとするジョウの腕をアルフィンが素早く掴んで、強引に前へ押し出す。
そんな彼は上質のベージュのコットンパンツに細いピンストライプの入ったブルーグレイのシャツを着ていた。
手にはきちんとアイロンの当てられたアイボリーの麻ジャケットをかけている。
確かに今日のジョウの服装はいつものラフなものと若干異なり、少し大人っぽいリゾートファッションになっていた。
すらりと均整のとれた体躯と日焼けした肌に、堅すぎないその着こなしが映える。
ただひとつ、何故か熟れたトマトのようになっている顔を除けば……だが。

「ほう、こりゃあ見違えましたな。いや、ジョウよく似合いますぜ」
タロスが手ばなしで誉めた。
「よせ、タロス」
ジョウはもう目も当てられない程真っ赤になっている顔を隠すように、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「でしょ?あたしのプライベート・レッスンの賜物よ!んもう、ジョウったらなんだか照れちゃって着替えさせるのタイヘンだったんだからぁ」
アルフィンが誇らしげにその碧い瞳を輝かせ、自分の腕をジョウの腕に絡ませた。
ジョウが慌ててそっぽを向く。
「ね、タロス。今から食事に出かけるけど一緒に行かない?」
「いや。おふたりさんで行ってきな。俺はドンゴと仲良く留守番してまさあ」
タロスが笑って、傍らのロボットの方に顎をしゃくる。
「へんな遠慮はするな。どうせ朝食もまだだろ?」
「いえね、実はちょいとダチからの連絡待ちなんで。今日は部屋で大人しく老体を休めますよ」
「……そうか」
「それじゃ、お土産買ってくるわね!」
アルフィンの跳ねるような足取りに引きずられて、ふたりはリビングルームを出て行った。

「たろす、見事ナ演技デシタ。キャハハ」
傍らのドンゴが感心したように頭部のLEDランプを点滅させた。
「あたぼうよ。ダテに歳くってるワケじゃねェ。経験が違うのよ」
ふう、と大きな吐息をはいてその巨体をソファに預けた。
「……しかし。なんだかジョウの様子がヘンだったな」
「たろすモソウ思イマシタカ?」
「ああ。なんだか照れてるだけってカンジでも無かったなあ。何か他のレッスンでもされたか?」
口の端をあげてにやり、と笑う。
「他ノれっすんトハ?」
「そこんとこはおめェのデータバンクの方が情報豊富じゃねェのか?」
「不要ト判断サレタでーたハ全テ削除サレマシタ。キャハ」
「はん。まあ、それが正当だな。せいぜい仕事の方面でその能力を活かしてくんな」
タロスはそう言ってソファから立ち上がった。オーシャンビューの窓に映る景色を眺めて、大きく身体を伸ばす。
「さあて。もうひと眠りするかな」
「キャハ。たろすモ夢ヲ見ルノデスカ?」
「なんだ?」
「ぱく・そんニくるーノめんたりてぃ・ちぇっくニ使用スル目的デ、最新ノ『夢判断』そふとヲ入レテモライマシタ。何カ興味アル夢ヲ見タラ遠慮ナクゴ相談クダサイ。ワタクシガすぺしゃる・れっすんヲシテ差シ上ゲマス。キャハハ」
「……おめェ。なんか違うとこバージョンアップしてねェか?」
タロスは呆れた表情でドルロイから戻ってきたばかりのロボットを見る。
しかし、ふっと笑って再び窓の外を見遣った。
「夢か……。久しぶりにいい夢、見たいもんだぜ」

アーリアの碧空に白いひと筋の飛行機雲が流れていた。
その細い白雲は上空にゆくほどだんだんと薄くなり、それとは対照的に碧空は天上に近くなるほどだんだんと濃くなってゆく。
その空をじっと眺めていたタロスの目に果たして何が映っていたのか。
遠い昔に置いてきたものか、これから手に入れる何かか。
――それとも。
ただ、いつも身を置いている漆黒の宇宙だったのかもしれない。

タロスはひとつ大きく深呼吸をして、自分の部屋へ続く扉に手をかけた。



<END>




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