+ + 今日だけ 〜J誕☆2017☆SS〜 + + | ||
アルフィンが地面を這う蔓に足を取られて、よろめいた。 咄嗟にジョウが腕を出して支える。 「大丈夫か?」 「・・・・・・ええ」 アルフィンの白い顔は、仄暗い森の中でも分かるくらいに疲労困憊していた。 もう、かれこれ5時間以上も足場の悪い密林地帯を歩行している。 足元には巨大な樹の根元が縦横無尽に伸び、湿った羊歯類が群生し、樹々には太い蔓が巻きつき絡み合っていた。 「少し、休もう」 ジョウは無意識にアルフィンの身体を引き寄せた。 休憩する場所を探し、視線を辺りに巡らせる。 その時、アルフィンが小さく呟いた。 「・・・・・・おめでとう」 「なに?」 ジョウはアルフィンの声が聞き取れるように、耳を寄せた。 「今日はジョウの誕生日よ」 「え?」 アルフィンはジョウの胸に寄せた頭を少しずらし、覗き込んでいたジョウの目を真っ直ぐに見た。 薄暗い密林の中でも美しく光る碧眼に見つめられて、ジョウは思わず目を逸らす。 「なんだ、こんな時に」 「こんな時だから、云いたいのよ。お誕生日おめでとう、ジョウ」 「あ、ああ」 頬が熱くなってくるのが分かった。悟られないように顔を上げる。 「ひとつだけ」 「ん?」 「ひとつだけ・・・何かして欲しいことがあったら」 そのジョウの顔を追うように、アルフィンも面を上げる。 「今日にかぎって、何でもしてあげるわ」 「え?」 「だって。こんな状況じゃ、プレゼントも無いし、美味しいケーキも焼いてあげられない」 ジョウはかぶりをふって答えた。 「何も、いらない」 「何でもいいのよ。思いついたこと、云って」 アルフィンが少しムキになって言葉を継ぐ。 「思いついたことって云ったって・・・」 「今、咄嗟に思い浮かんだことでもいいのよ」 「え・・・・・・」 ジョウは何故か、ちょっと狼狽えて身体を離した。 「なに?何が思い浮かんだの?」 「え、いや・・・・・・」 ――そんなこと云えるかよ、とジョウは心の裡で呟く。 「いいのよ。今日だけなんだから」 「・・・・・・今日だけ、か」 今度はジョウが意味深に、その言葉をくり返した。 「・・・・・・そ、そうよ」 その応えに、アルフィンが僅かにとまどう。 「それじゃあ、つまらないなァ」 「な、なによ。何をして欲しいのよ?」 「色々、あるぜ。例えば・・・・・」 「ちょ、ちょっと待って。あの・・・」 「何でもいいんだろ?」 ジョウがアンバーの瞳を面白そうに細めた。 「さっき、そう云ったよな?」 「そ、そうだけど・・・・・・」 碧眼をふと、逸らした。 「何だ?前言撤回か?」 「ま、まさか」 アルフィンは覚悟を決めて、ふたたびジョウに視線を戻す。 「いいわよ。女に二言はないわ」 「面白い」 ジョウはニヤリと笑った。 「じゃあ・・・・・・」 アルフィンがごくり、と喉をならして身構える。 「俺が今から云うことに、ノーと云わない事」 「・・・・・・わかったわ」 ジョウがふたたび、腕を把って華奢な身体を引き寄せた。 顔を見られないように、小さな金の頭を胸元に押さえ込む。 「俺から・・・・・・離れるな」 ゆっくりと言葉を継いだ。 「ずっと、傍に居てくれ」 「・・・・・・いやよ」 「えっ?」 予想していなかった応えに、今度はジョウが驚いて胸元を見やった。思わず腕がゆるむ。 アルフィンは俯いたまま低い声で、しかし強く呟いた。 「前言撤回」 「おいおい」肩をすくめる。 「契約違反だぜ」 アルフィンがゆっくりと顔を上げた。 疲労の色が濃い白い顔の中で、碧い瞳だけが一層強く煌めく。 「今日だけなんて、イヤよ」 「・・・・・・・・・・・・」 「ジョウは・・・今日だけで、いいの?」 「・・・・・・いや」 安堵からか一息ほう、と長い息を吐き、ゆっくりと続けた。 「ずっと、って云ったろ」 「ずっと・・・・・・って、いつまで?」 「いつ、って・・・」 彷徨った視線がふと、頭上の空を見上げた。 鬱蒼としげった樹々の間から、小さな星たちが瞬く。 「宇宙が終る時まで、かな・・・・・・」 「うん!」アルフィンが再びジョウに抱きついた。 「クラッシャーらしいだろ?」 「最高!」 ジョウも抱く腕に力を込めた。 「もう一度、云って」 ジョウの腕の中で嬉しそうに眼をつむっていたアルフィンが、ねだった。 「・・・・・・は?」 「嬉しいから、もう一度云ってよ」 「うー」 無理だ。そんな恥ずかしいこと、何度も云えない。 「だめだ。今日だけ、なんだろ」 「えー」 アルフィンが頬を膨らませて抗議の声を上げる。 「また来年、云うよ」 ジョウは照れた顔を見られぬように身体を離し、背を向ける。 しかし、ふと振り返って、アルフィンの手を把った。 「さあ、さっさとこのクソ忌々しいジャングルを抜けて、ミネルバに帰るぞ」 「うん!」 ぱあっと明るく笑うアルフィンの顔からは、もう疲労の影は見当たらなかった。 ――ずっと、この笑顔が傍にあれば・・・もう何も要らない。 ジョウは心の中でそう呟いて、一歩を踏み出した。 |
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