――目が覚めるような派手な音がした。 隣のベンチに目をやると、少女が長い髪を翻して走ってゆく後姿が見えた。 そして残された背の高い青年。右手の甲で左頬を押えている。平手打ちをくらったようだ。 (あらら・・・いいカンジのカップルだったのに) 二人が公園に入ってきた時から、気になっていた。それとなく観察していた。 私の左隣のベンチに二人は座っていた。 少女は青年の方に身体を向けていたので表情はよく分からなかったが、そのまっすぐな金色の髪は背中から肩へと流れ、思わず触れてみたくなるくらい美しかった。 話の内容までは聞き取れなかったが、少女は時折、鈴を転がすように小さく笑っていた。 そしてその隣に座っていた青年。 日焼けした端正な顔立ちだが、ときどき少年のような甘さがその表情に重なる。 そして何よりも少女を見つめていた漆黒の瞳の強さに、私は思わず目を奪われていた。 (あんな瞳で見つめられたら・・・たまらないわよねぇ) しかし、今その瞳に映る少女はいない。 青年は深いため息をついて、落ちるようにベンチに腰を降ろした。 両手をベンチの背に広げ、もたれかかる。角張った男っぽい顎を上にそらした。 昨日はしょーもない男をふったばかりの私。 もしかして運が向いてきたかな? 私はいつも自分の気持ちに正直に行動する。 さりげなく青年に近づいた。 青年が気配に気づき、はっと身を固くするのが分かった。反応が鋭い。 私は驚きながらも、その気をそらすかのように明るく、笑って言った。 「はあい。ここ座ってもいい?」 思いがけない事態に青年は目を見開き、そして少し眉をひそめる。 「あー、別に怪しいモノじゃないわよ。お似合いのカップルだな、と思って見てたから・・・どーしちゃったのかなあ、って・・・」 私は了解を得ないまま、隣にすとんと腰を下ろした。 青年は慌てて投げ出していた両手を戻し、胸の前で腕組みする。 そしてバツが悪そうにそっぽを向いた。 「なんであんなに怒らせちゃったの?」 「・・・・・・・」 「誕生日でも、忘れてた?」 「・・・・・・・」 「分かった。浮気したんでしょ?」 「そんなこと、してない」 だんまりを決め込んでいた青年が思わず口を開いた。私は小さく笑った。 「そうね。そんな器用そうには見えないわ」 「どーせ、俺は不器用さ」 青年はふてくされたように言う。柔らかそうな癖のある黒髪が目にかかる。 「いつもそれで怒らせちゃうの?」 「たぶん・・・俺もよく分からない・・・」かぶりを振った。本当に分からない様子だ。 「振り回されてるみたいね」 「いつものことだ」少し慣れてきたのか、青年は苦笑しながら答えた。 「気が強い?」 「かなり」 「ひっぱたかれる?」 「よくある」 「口では負けちゃう?」 「完敗だ」 私は思わず、声をあげて笑った。 「でも、好きなの?」 青年はちょっと驚いたように私を見て、すぐに目を逸らせた。頬のあたりが赤い・・・。 「・・・ストレートなんだな。」 「そうよ、何でもはっきり言わなきゃ伝わらないわ」 私は身を乗り出して言葉を継ぐ。 「世の男どもは”目で伝わる”とか思ってるから、タチが悪いのよ。言葉と態度でストレートに伝えてくれなきゃ、わかんないわ」 「・・・そうなのか?」私の剣幕に押されて、青年が呟く。 「あたりまえよ。でも・・・」私はいたずらっぽく青年を見る。 「それで毎回ひっぱたかれるのは、ちょっとキツイわね。私はそんなことしないわ。静かな恋愛も得意よ。 どう?付き合うタイプを変えてみない?」ウインクしてみせる。 私の突然の誘いに、青年はしばしの間、固まっていた。 そしてみるみる赤くなった顔を隠すように、ジャケットの立衿に顎をうずめる。 「あんまり、タイプは変わらない気がするなあ・・・」いたずらっぽい黒い瞳が私を見て笑う。 「ふん、分かんないわよ、付き合ってみなきゃ」 私はいきなり青年の腕を取る。「ね、これから呑みにいこうよ!」 「いや・・・」慌てて腕をひっこめ、青年はかぶりを振った。 「明日、この惑星を発つことなっている。今日は船に帰って最終チェックだ」 「船?何処に帰るの?」 「・・・仕事で惑星を渡り歩いてる。船が・・・家みたいなもんだ」 「えー、そっかー。宇宙生活者なんだ。遠距離恋愛になっちゃうわね」と、勝手に呟く私。 「でも、それは彼女も同じ条件よね」額に人指し指をあてて考え込む。 「いや・・・彼女は一緒の船に乗っている仲間だ。」 「一緒に暮らしてるの!?もう、同棲してるわけ!?」私の声が裏返る。 「い、いや・・・同棲というか、向うが俺の船に密航してきて。それに他のクルーもいるし・・・」 青年は私の追及にしどろもどろになる。 しかし私は最後まで言わせない。 「密航?あなたを追って?独りで?」 私の脳裏に走り去って行く、華奢な少女の姿が浮かんだ。 いくらこの銀河大航海時代とはいえ、宇宙に出て行く人はそう多くはない。 大半は自分の生まれた惑星で育ち、恋をし、結婚して暮らしている。 それがまだまだ一般的な人生だ。(私の価値観で言うとね) 地上に定住せず、宇宙に暮らす人々「宇宙生活者」など、ほんの一握りなのだ。 「命懸けの恋、してるんだ・・・」 私は吐息と共に呟いた。 「それじゃあ、ひっぱたかれてもしょうがないわね」 「!?」 「だって向うは命懸けなのよ。それなのにあなたが生半可な態度じゃ、失礼よ!」 「べつに、生半可な態度じゃ、ない」青年は不服そうに反論する。 しかし、私は青年に向き直り、さらにたたみかける。 「じゃあ、いつも100%彼女に答えてる?大事な気持ち、ちゃんと伝えてる?」 「う・・・」青年がわずかにたじろぐ。思い当たるふしがあるにちがいない。 「・・・彼女のどんなところが好きなの?」 「どこって・・・」突然の問いかけに、また青年が言い淀んだ。 さっきからのやりとりに青年は首の方まで赤くなっている。 かわいい。かなり苛めたくなる。待てよ。なんだか私、目的がズレてきてないか? 「一番最初に、彼女のどんなところが想い浮かぶの?」 答えやすいように噛み砕いて訊いてあげた。 青年は私の質問を一言ずつ、反芻するように考える。 漆黒の瞳が少し、遠くを見るように柔らかくなる 「碧い・・・瞳、かな」 「碧い?空の色?」 青年はゆっくりと言葉を継ぐ。 「嬉しそうな時は、澄んだ空の色をしている。ちょっと哀しそうな時は・・・深いコバルトの海のような色になる・・・」 「・・・その瞳が、好き?」 「ああ。見てると引き込まれそうになる」 青年はまるで、目の前に少女が居るかのように優しい表情をする。 私は胸が締め付けられるような気がした。何故か、私の頬が熱くなる。 そっと青年の耳の傍に口元を寄せ、ささやいた。 「あなたの瞳は夜の色ね。それも夜が明ける前のちょっと・・・紫がかった、優しい色」 私はいきなり、ベンチから立ち上がった。 「分かった?今度から、そうやって自分の気持ちを伝えるのよ」 青年は、はっと我に返り、私を見上げた。 「早く迎えに行かないと、他の男に取られちゃうわよ!」 私は腰に手をあてて、青年に笑いかけた。 青年はちょっとの間、とまどったように私を見ていた。 が、すぐに照れたように下を向いて笑い、すっとベンチから腰をあげた。 筋肉質なたくましい肩をすくめてみせる。 「命懸けで、取り返す」 にやり、と笑う顔からは今までの少年っぽさが消え、代わりに男っぽい表情が浮かぶ。 そして夜明け前の瞳で私にちょっと笑いかけ、きびすを返して歩き出した。 もう、青年は振り返ることは無かった。 青年の後姿を見送った後、私は音をたてて再度、ベンチに腰をおろした。 「あ〜あ。何やってんだか。人の恋路の加勢してる場合じゃないのに」 しばし、放心状態。ややあって。くすり、と笑いがでる。 「私も命懸けの恋、探すかぁ・・・」 |
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