漆黒の闇の中、眼前に火柱が立ち上がった。

爆風に<ファイター2>の赤い機体があおられる。
「くっ」
操縦桿を握るアルフィンが横Gに耐えながら、必死に体制を立て直した。
「アルフィン!北側に回り込めよ!」
レーザーとミサイルのトリガーをせわしくプッシュしながら、傍らのリッキーが喚く。
「わかってるわ!ちょっと黙っててよ!」
<ファイター2>はレーザーの雨を潜り抜けながら、要塞基地の北側へと反転した。

――通称 『 ガンズロック 』
依頼者からもたらされた情報には、基地の詳細なホログラム映像もあった。
地上2階地下3階からなる文字通り自然の岩山をくり貫いた設備は、表向きは研究所兼武器製造工場ではあったが、誰が見ても要塞基地に他ならなかった。
その頑強な『ガンズロック』を今まさに、<ミネルバ>と<ファイター2>が攻撃していた。

北側は基地の正面のようだった。そこには大出力レーザーの砲塔がいくつか突き出している。
と、いきなり砲塔が爆発した。ミネルバからの誘導ミサイルが命中したのだ。
再び大きな火柱が立上がり、岩盤を昼間のように明るく照らし出した。

「タロス!<ファイター2>に当てんなよ!」リッキーが通信機に向かって喚いた。
「るせえ!ちょこちょこ飛び回ってんじゃねェ、目障りだ!」
通信機からタロスの凄みのある低い声が聞こえた。こんな状況にもかかわらずあまり緊迫感が感じられない。
基地の東側からバラバラと小型機が吐き出されるのが夜目にも確認できた。
レーザーの光点は8機。思ったほど多くはない。 アルフィンは一旦、機体を反転させて基地から離れた。全機撃ち落す必要はない。要は<ミネルバ>と<ファイター2>が彼らの気をひけばいいのだ。

――これはチームリーダーが 『ガンズロック』 へ潜入しやすくする為の陽動作戦なのだから。


 5時間程前に<ミネルバ>のブリッジで行われた作戦ミーティングでは『ガンズロック』内部詳細図面がメインスクリーンに映し出されていた。

「すごいわね。一介の企業がこんな裏情報を入手できるなんて。大体の銃火器配備の予想まで盛り込まれてるわ」
アルフィンが感嘆の声をあげながら、細い指でコンソールキーを叩きデータをスクリーンに映し出してゆく。
「かなり情報屋に金を注ぎ込んだ、と言ってはいたが。これは連合宇宙軍あたりの情報機関と繋がりもありそうな雰囲気だな」
チームリーダーのジョウが右手を顎にそえながら、呟いた。
「小さいながらも銀河系では屈指の技術力を誇る武器メーカーですぜ。裏の世界からの脅威にいつも晒されているようなもんでさあ。それなりのコネクションは持っていて当然ですな」
「あとはこのネタの確実性を祈るばかりか・・・それじゃあ、作戦を説明しよう」
ジョウがコンソールのキーを次々と叩き、サブスクリーンに基地の内部地図、鳥瞰図を映し出した。

「攻撃開始は現地星系時刻で深夜3:00。こちらの数の絶対数をカバーするには夜間の突然の攻撃、奇襲しかないだろう。まずは<ミネルバ>がミサイルで攻撃の火蓋を切る。当然、敵の小型機が飛び出してくるだろうからそれは<ファイター2>に任せる。攻撃は配備された銃火器中心にやってくれ。あくまで陽動作戦だ。間違っても地下の研究施設や脱出経路をつぶすなよ」
「手加減しながらの攻撃は、気をつかいますなあ」
ジョウの左となりのタロスが巨体を後ろに反らしながら、全く気にならない口調で言う。
「俺らとアルフィンで敵をかきまわしてる間に兄貴が潜入?」
タロスの後ろから、どんぐり眼をくるっとまわしてリッキーが訊いた。
「そうだ。この・・・南側の断崖絶壁になっている方から入る。<ファイター1>は谷の中に潜めておくので、ハンドジェットでちまちま昇っていくさ」

「でも・・・ジョウひとりで大丈夫?」
アルフィンが心配そうに前に座るジョウを覗き込んだ。
「複数で潜入するには基地内部の通路やダクトが狭すぎる。それにこの情報が100%正確とは限らない。状況を見て作戦を変えてゆくにも、ひとりの方が動きやすいだろう。しかし場合によっては突入してもらうから、しっかり待機しといてくれよ」
チームリーダーがリッキーとアルフィンを交互に見る。ふたりが力強く頷いた。
「さて、了解したら作戦開始だ。機体と装備のチェックに入ろう」
クラッシャー達はそれぞれの仕事に取りかかる為、ブリッジから飛び出した。







 今回の依頼は武器シンジゲートに流出したプロトタイプ・データを取り戻すことだった。
依頼者はサム&ゲージ・インダストリアル。銀河系内での大手銃火器メーカー、グラバース重工業やミネッティ・インダストリー・コーポレーションほど有名ではないが、その世界に少し詳しいものであれば誰もが頷く名前だ。
素粒子をエネルギー還元した銃火器を主に得意とし、連合宇宙軍のSWATは元より各軍事国家が特殊部隊への納入を相次いで検討している注目企業だ。

銀河標準時間で43時間程前、クラッシャージョウのチームはサム&ゲージ・インダストリアルの研究所がある惑星ドムンニを訪れていた。
小さいながらもこの惑星の有力企業である当社の計らいで、入国審査等も驚くほどスルーだった。
依頼内容が重大且つ切迫していることが伺える。

「待ちかねました!クラッシャージョウ。私はここの技術部門の責任者、ダイトと申します」

角ばった眼鏡をかけた初老の男が、走るように4人を出迎えた。
「挨拶は後だ。早速、依頼内容を確認したい」
ジョウが硬い表情のまま、口早に訊く。ダイトと名乗った技術者もすぐに頷き、切り出した。
「銀河標準時間で23時間程前、当研究所の開発ルームからあるプロトタイプ・データが盗まれました。ご存知のように当社は素粒子還元を主とする銃火器が専門です。その分野においては銀河系の大手を抑えていると自負しております。
今回流出したプロトタイプは来年度の連合宇宙軍への納入がほぼ内定していた重要なものです。もちろん未だこの業界は勿論のこと、銀河連合機関にさえ申請していないトップシークレットだったのです。」
ダイトは作業用の帽子をとり、額の汗をぬぐった。
「また、えらくやっかいなものを持ち出されたもんですなぁ」
ジョウの傍らに立つ巨体のタロスが、太い腕を組みながら言った。
「ええ、それはもう。セキュリティシステムも万全にしていた筈なのですが・・・。どうやら内通者が居たようで。私たちの調査ではライバル企業も絡んでいるようです」
「・・・よくある話だ。それより流出先のアテはあるのかい?」
「ええ。こちらにどうぞ」

ダイトが4人を部屋の中央にあるコンソールテーブルへ案内した。
大きなモニタが嵌め込まれたテーブルには何処かの星系図が映し出されている。
「私たちはすぐに残留証拠物件から捜査に入りました。そして、とある情報屋からかなり確実な情報を入手したのです」
いくつかのコンソールキーを操作して星系図を拡大する。
「これが、りゅうこつ座星域にある第5惑星ペネロープです。そしてこれがその衛星トロン。ここがデータの流出先と思われます」
タロスの巨体の後ろからモニタを覗き込んでいたリッキーが叫んだ。
「ペネロープぅ!?サラーンと並ぶガラの悪い惑星だろ?」
彼は痛手を負った昔の仕事を思い出して、顔をしかめた。
「宇宙船乗りの間では有名でしょうな。今回の武器シンジゲートもこの物騒な惑星を根城としているらしいのです」
ダイトが苦しそうに首を小さく振った。
「そしてこの衛星トロンに武器工場と研究施設を作っているとのことです。おそらくそこへ・・・」
「データが運び込まれた、か」
ジョウが眉をひそめて星系図を眺めた。

「そのネタの確実性はどのくらいだ?」
「95%はくだりません」
タロスが思わず口笛を吹いた。
「こいつぁ、またえらい自信だ。かなり信用のおける情報屋を見つけたんだな」
「この世界は物騒で、そしてとても狭い。ちょっとしたツテと金を積めば確実性の高い情報は掴めるものです。しかし今回ばかりは法外な値段をふっかけられましたよ」
最後の方はぼやくように呟いた。

「あら。でもそれだけ確実な情報だったら、安いもんなんじゃない?それよか、このデータによって万が一その銃器がよそで開発されたら・・・それこそオオゴトなんでしょ?」
ジョウの傍らの金髪碧眼のアルフィンが小首を傾げながら言う。
「絶対あってはならないことです!もしそんなことになったら・・・うちのように技術と信用で成り立ってる小さな企業など、ひとたまりもないでしょう」
ダイトは想像するだけでも恐ろしい、と言わんばかりに吹き出す汗をタオルでぬぐった。
「まあ、それが安くつくか高くつくかは、俺たちの仕事次第だ」
ジョウが腕を組みながら、ダイトを横目で見る。
「そうだろう?」

ダイトは汗を拭う手を休めず深く頷き、神妙な面持ちで話はじめた。
「先ほどご説明したように、この内容は全ての各政府機関にトップシークレットです。この重大で且つ緊急な事態を速やかに解決できる条件はふたつ。
ひとつは限りなく確実性の高い情報を得ること。そしてもうひとつは、確実に奪還してくれる人物にこれを依頼することです」
ダイトはからからに乾いた唇を舐め、言葉を続ける。
「私は修行時代、惑星ドルロイの技術者でした。そこで学んだ技術は本当に素晴らしかった。そしてその技術の結晶である銃火器を自在に操るクラッシャーのことも、よく理解しているつもりです。
アラミスがこの仕事を確実にやり遂げることの出来るクラッシャーを派遣してくれたと、信じて疑いません」

「ドルロイ絡みか。道理でアラミスがすんなり通してきたわけだ」
タロスが凄みのある顔を嬉しそうに崩す。
「S&G・・・。思い出したぜ!素粒子爆弾を製造してるのはあんたのところか!」
ジョウは爆弾本体に記載のあるロゴデザインを思い出して、指をならした。
「ええ。あんなヤバイ代物を扱うのはあなたたちクラッシャーくらいですからね。いいお得意様ですよ」
ダイトが呆れた口調で、しかし嬉しそうに笑って言った。
「それはなおさら、気合を入れてやらなきゃいかん」
ジョウが肩をすくめて、にやりと笑った。
「あんたのとこが潰れたら俺たちも仕事にならない」







 ジョウは南側の断崖絶壁の壁を登っていた。

赤外線暗視鏡付きゴーグルを付け、背中のハンドジェットを微妙に調節しながら断崖を軽く足で蹴り、少しずつ上昇してゆく。
いくら背面の絶壁とは言え、どんな防御システムが配備されているか分からない。
一気にハンドジェットで上昇するには危険が大きすぎた。
断崖の中腹を過ぎたあたりで、大きな轟音とともに上から石がばらばらと降ってきた。
<ミネルバ>の攻撃開始を知らせるものだった。

(・・・始めたな)
ジョウは一気にハンドジェットのノズルを噴射させた。この攻撃の混乱に乗じて潜入するのだ。もう周りを気遣う必要はない。

一気に建物の下層部の縁に辿り着いた。
岩陰から辺りをうかがうが、前面からの攻撃に手薄になっているのか、さしたる警戒も見られなかった。ふと20メートルほど右手上方にあるハッチが見えた。
ジェットの噴射を絞り、ハッチまで一息に上昇する。
肩にかけていたレーザーライフルでロックを灼ききって中に入った。薄暗い通路が真っ直ぐに続いている。
背中のハンドジェットを外し、傍らの通路に隠した。脱出経路もいくつか考えておく必要がある。
ジョウは左手の通信機のスイッチを押し、<ミネルバ>と<ファイター2>に「潜入完了」の信号を送った。


 <ファイター2>は『ガンズロック』のレーダーレンジ内から離れた深い森の中に着陸していた。

「潜入完了」の信号の後、しばらくして<ミネルバ>と<ファイター2>は相次いで戦線を離脱した。
ジョウが基地内でプロトタイプ・データを奪還し脱出するまでは、警戒監視状態のまま待機であった。
発見されるのを恐れて、エネルギーレベルを最小に下げた機内はコクピットも闇に包まれ、いくつかのコンソールランプだけがグリーンに瞬く。

「ジョウは上手くいってるかしら」
我知らず、アルフィンが呟く。僅かな光でも彼女の細い金髪の先はうっすらと輝いていた。
「兄貴のことだ。ほいほいブツを見つけて、そのうちぶっ飛んで出てくるよ」
リッキーがつとめて明るく言った。
「でもダイロンで休暇を取り損ねてこの方、ろくに休んでないじゃない。疲れが溜まってるんじゃないかと思って。心配だわ」
長い睫毛を伏せて、小さく首を傾げる仕草が愛らしい。

――大人しくしてりゃ、可愛いんだけどなあ・・・。

リッキーがぼんやりそんなことを考えていたのが聞こえたかのように、急にアルフィンが振り向いて口を開いた。
「あんたがネネトの力ってやつをまた使えたら、こんな仕事早く終わるのに!もう全然使えないの?あれ」
「え・・・?な、なんだよ、いったい」
いきなりの質問にリッキーが慌てふためく。
「だって。あれはネネトがいたからこそ使えた力であって。俺らだけだったら、何の役にも立たないよ。それにネネトだって普通の女の子に戻っちゃったし・・・」
「ふうん」
アルフィンはおたおたと言い訳するリッキーを尻目に、つまらなそうに顔を前に戻した。

――そしてしばらく後。
「それで・・・?あんた、ネネト・・・カアラだっけ、のことどうすんのよ?5年後にまた会いに行くわけ?」
また突然の詰問に、リッキーがどんぐり眼を白黒させる。
「なんだよ!こんな時に」
「こんな時もどんな時もないわ。あんたミミーのことはどうなのよ?カアラとミミー、二股かけるつもり?」
「人聞きの悪いこと言うなよ!二股なんて・・・俺ら、そんな」
リッキーはアルフィンの容赦ないつっこみにしばらくうな垂れていたが、歯切れ悪く話し始めた。

「よく、分からないよ。ミミーとは同じ惑星出身でとてもウマが合うよ。たぶんお互いの辛いことや楽しいことも分かり合えると思う。
でも、カアラのことは・・・。まだ小さいし、気性も激しいけど一途で・・・可愛いと思う。でもそれ以上に、何かがとても通じてる気がするんだ。こんなこと初めてでよく分かんないんだけどさ」

不器用だが、一生懸命に言葉を探しながら話す少年をアルフィンは横目でじっと見ていた。
そして小さくため息をつく。
「男って・・・しょーがないわね。なんでもっと、はっきりしないのかしら。
でも。あんたの方がよっぽどマシだわ。『また会いに来る』ってはっきり言ったの、格好よかったわよ」
「え・・・?」
少年はけなされたり、褒められたりで全く意味が分からない。
「それに比べて・・・あのバカ」

アルフィンの形の良い柳眉がきりきりと上がるが、幸いリッキーには暗くてその様子は見えなかった。
しかし見えなかったので、思わず彼は訊いてしまったのだ。
「あのさあ。もし、もしもだよ?アルフィンが二股かけられてたら、どーする?」
「なんですって!?」
金髪を振り切れんばかりになびかせて首をめぐらし、夜目にも炎のような碧眼がリッキーを見据える。

「だ、だから。もしもって・・・仮定してるじゃないか」
情ないことに、リッキーはすでに涙声であった。
「そんなこと」アルフィンが地獄の底から響いてくるような低い声で続けた。
「絶対に許さないわ。もしそんなことになったら・・・」
と、ふとアルフィンは睨み付けていた視線を外した。
「でも・・・二股かけられるってことは。そっちの女の方がいいってこと?私がジョウにとって『いい女』じゃないってことなのかしら」
右手の小さな拳を口元にあて、小さく呟いた。

と、いきなりリッキーの方へ向き直り、クラッシュジャケットの襟元を瞬時に掴む。
「ねえ!『いい女』って何よ?」
「へ?何だよ、今度は!?」
襟元を鷲掴みにされて小柄なリッキーの身体がシートから浮き上がる。
「何なのよ?『いい女』って。あんたも一応、男の端くれなんだから、分かる筈でしょ?」
「ぐ、ぐるぢい・・・」

ジョウからの一刻も早い「脱出」コールを待つ、リッキーなのであった。







――そんな<ファイター2>内の騒動を知るはずもなく。
ジョウは『ガンズロック』の地下2階の開発ルームを目指していた。
<ミネルバ>の奇襲攻撃のおかげか、混乱状態の中の潜入は容易かった。途中、ばったり出くわしたガードマンを二人射殺しただけだ。
潜入したのはどうやら最下層のようだ。細い通路に部品や武器の倉庫と思われる表示が並ぶ。

と、突然ひとつのドアが開き、出てきた大男と鉢合わせした。
「なんだあ?てめぇは」
身長が2メートルはあろうかという体格のいい黒人の男は、ジョウを見るなり腰のホルスターに手をやった。
ジョウもレーザーライフルを構えようとしたが、いかんせん距離が近すぎる。ライフルを捨て、瞬時に大男の足元に転がった。
身体の回転を利用して起き上がりざま、右足の踵で男の手首を蹴り上げる。大男の手からレイガンが跳ね飛んだ。
大男は体制を崩しながらも膝を蹴り上げる。ジョウの脇腹にヒットした。
「ぐっ」
ジョウはたまらず、よろめきながら壁にぶつかった。
すかさず大男がその巨大な腕でストレートを打ち込んでくる。間一髪で避けたが身体がふらつき、横様に倒れこんだ。そのまま大男の足元に転がり、脛に手刀を叩き込む。思わず悲鳴をあげた大男がひるんだ隙に、腰からレイガンを抜き男の顔面を灼ききった。大男が短く叫び、床に倒れこむ。
ジョウは壁伝いに立ち上がり、しばし呼吸を整えた。そして顔面を押さえてのたうち廻る大男に一瞥をくれた後、上層階に向かって走り出した。

 ジョウは狭いダクト内を移動していた。
肩にかけたレーザーライフルが邪魔だったが、片手で押さえ込みながら前進する。
片手にプロトタイプ・データを感知するカードを持っていたが、おそらく追尾を懸念したシンジゲート側が磁場ボックスにでも入れているのだろう。光点は映ってはいなかった。
(しかし。この排気ダクトの位置までほぼ正確とは。今度、その情報屋を紹介してもらうか)
いきなり背中にダクトの突出部分がぶつかった。痛さに思わず前進を止め、呻き声をあげる。
そこは先日、アルフィンに足蹴りされたところだった。

――と、人の話し声が聞こえた。
ひとつ先、灯りの漏れる換気口から部屋の中を覗き込む。
研究ルームらしく測定機器と思われる機械が壁一面に嵌め込まれている。中央の小さなテーブル状の台に黒い箱が置いてあった。おそらく電磁波等を遮断する磁場ボックスだ。
スコープで部屋の内部を確認する。話し声は3人の研究員の声のようだった。

「・・・っと取り返しに来たんだ。早くこれを移動させた方がいい」
「移動させるにしても、上の了解を取らないことにはどうしようもないです。攻撃も止んだことですし、ここは朝を待って・・・」
ジョウはそっと換気口のメッシュメタルを外した。レイガンを突き出しボタンをプッシュしながら横になぎ払う。そして素早く部屋の中に滑り込んだ。
短い悲鳴といくつかのレーザーパルスが機器の一部を灼いた。
すかさず3人の位置を確認したジョウは手近な研究員の一人に飛びかかり、羽交い絞めにする。
「おっと、武器を捨てな。そうしないとこの男の頭を灼くことになるぜ」
ジョウが男の頭にレイガンを突きつけ、残りの二人に鋭い視線を投げる。
独りは腕を撃たれて床にうずくまり、もうひとりはレイガンを構えたままだった。

「おまえ・・・さっきの攻撃は潜入のためのダミーか。サム&ゲージんとこに雇われて来たのか?」
レイガンを構えている男は研究員ではなくシンジゲートの者のようだった。物騒な雰囲気が漂う。
「文字通り、目の醒めるような攻撃だったが。・・・ご苦労様だったな」

言い終わらないうちに男は容赦なくレイガンを発射した。細いパルスビームがジョウ達に降り注ぐ。
ジョウは咄嗟に羽交い絞めにしていた男を突き飛ばし、近くの機器の陰にダイブした。
研究員は無残にも仲間のビームに撃ち抜かれ、床に転がった。
「ちっ」
男が舌打ちしてデスクの上に飛び乗る。
ジョウの姿を見つけてレイガンを連射した。しかしその姿はジョウからも格好の標的となる。ジョウは転がりながら、男の頭を狙い撃ちした。
男は額を打ち抜かれ、もんどりうって床に転げ落ちた。
ふと目をあげると近くに腕を撃ちぬかれた研究員が震えながら座り込んでいる。
ジョウはゆっくりと立ち上がりながら、レイガンをその研究員に向けた。

「抵抗しなければ、殺しはしない。あのブラックボックスを開けるんだ」






 出し抜けにコクピット内にコールが響き渡った。
そして呼び出し音なしに通信機からも怒鳴り声が聞こえた。
「リッキー!寝ぼけてんじゃないだろうな!?ジョウからコールが入った。すぐに脱出ポイントまで飛べ!」

リッキーは寝ぼけてなどいなかったが、アルフィンに首元を掴まれ続けて窒息気味ではあった。
「タロス!ジョウは無事!?」
アルフィンがリッキーを掴んでいた手を瞬時に離し、通信機にかじりつくように訊く。
「あたりまえだ。コールだけだが、ちゃんと信号が入ってるンだ。まあ、迎えに行ってやってくんな」
「もちろんよ!」
アルフィンは嬉々として<ファイター2>の動力スイッチを次々とオンにし、離陸体制に入る。

「なんだよ・・・いったい」
シートの落とされたリッキーが、ぐったりと呟いた。

 ジョウはブラックボックスの中から現れたデータ・チップを確認した。
ダイトに渡されたカードにこのチップを表す光点が浮かび上がる。
「間違いないようだな」データ・チップを専用のメタルケースに入れ、大切に内ポケットへと仕舞う。
腰の抜けている研究員を残し、ジョウは研究開発ルームを飛び出した。
と、基地内に警報ベルが鳴り響く。舌打ちして最下層に戻ろうと階段口に出たが、階下からの誰何と足音が聞こえ、踵を返す。やはり、潜入口からの脱出は困難なようだ。
ジョウはダイトに渡された基地内の詳細地図を脳裏に浮かべ、反対側の通路に飛び込んだ。
目指すは地下1階の格納庫だった。

 基地内は細い通路の上、限られたルートでしか上層下層に行けなくなっていた。もちろん攻撃・潜入を受けた場合を考慮したセオリー通りの設計である。
正規のルートを通っていたのでは、敵と遭遇する可能性が高い。
ジョウは頭の中の基地の地図を頼りに移動していた。ガードマンの誰何の声が近づいてくる。

「このあたりだな」
ひとつの部屋のロックをレイガンで壊し、内部に入った。
計測ルームのような機器の並ぶ暗い部屋だった。すぐにジョウは手榴弾を取り出し、天井角部分を狙って投げ、再びドアを閉めた。
数秒後、くぐもった爆発音とともにドアが爆風で吹き飛んだ。煙が流れ出した後を見計らって部屋の中に入る。ぐちゃぐちゃに破壊された天井の角部分へ近くの機器を足がかりによじ登った。そっと頭をだして上層階を伺うと、そこはいくつかの機体が並ぶ目的の格納庫のようだった。

「脱出ルートがなければ、作りゃいいのさ」
ジョウはそう呟いて、破壊された穴から跳び出した。


 衛星トロンの夜が明けようとしていた。
遙か彼方の地平線が白みだし、うっすらと輪郭が夜空に浮かぶ。
作戦開始から約3時間あまり。再び戦いの火蓋は切って落とされていた。

<ファイター2>が脱出ポイントである『ガンズロック』の背面に廻り込む。
辺りの銃火器を一掃しておくためだ。迎え撃つ小型機も4機を数えるだけだった。
レーザーの筋を避けて上昇に移ったところへ通信が入った。
「リッキー!予定変更だ。脱出ポイントに行けなくなった。東側の格納庫付近から出る」
「ええっ!?兄貴大丈夫かよ?」
リッキーのトリガーを押す手が止まる。
「ちょっと、リッキー!止めないでよ!」
アルフィンが必死で操縦桿を操りながら機体を反転させた。
「ジョウ!どこへ迎えに行けばいいの?」
「東側の発射ゲートから出ようとしたが、抵抗が激しくて突破できそうもない。そこで・・・東側の縁にあるポイントE−32の出口から出る。但し、そこは<ファイター2>じゃ廻りこめない。悪いがリッキー、近くで降ろしてもらってバズーカでポイントを破壊してくれないか?タイミングを見計らって、そっから飛び出す」
「ええっ?バズーカで?」
リッキーがどんぐり眼をいっそう丸くするのを脇目にアルフィンが身を乗り出した。
「ジョウ!私が行くわ!リッキー、あンた操縦お願い」
「アルフィン?い、いやどっちでもいいが・・・おっと」
通信機の向こうから爆発音が聞こえた。
「大丈夫!?」
「心配・・・ない。すぐにポイントに移動して連絡をくれ」
「了解。E−32ね、すぐ行くわ!」

アルフィンが操縦桿を倒して『ガンズロック』の東側に廻り込む針路をとった。
「ったくもう。兄貴が絡んでくると俄然はりきるんだもんなあ・・・」
リッキーがシートに埋もれてまたぼやく。
「ちょっと!レーザー撃つの止めないでよ!」
「へいへい」
気を取り直してトリガーを握った。






 アルフィンはポイントを視認できるところまで近づいた。

『ガンズロック』の側面東側は原生林のような森になっていて上空からではよく確認できなかった。
よって離れたところで<ファイター2>を降り、ハンドジェットで移動したアルフィンも見つかった様子はない。
「こちらアルフィン。ジョウ!聞こえる?」
「ああ。どこまで来た?」
「ポイントE−32を目視で確認。宇宙船のハッチみたいな扉でしょ?」
「地図上だとそんなもんだな。こっちは細い通路を通ってそこから飛び出す。合図を出したらそのハッチを爆破してくれ。こっちからも同時に破壊するから、爆風に巻き込まれないようにすぐに離れるんだ」
「・・・結構、忙しい作戦ね」
「速いんだろ?」
「え?」
「足」
「・・・・・」

通信機の向こうでジョウが含み笑いするのが聞こえた。
「今からポイントに向かう通路に出る。合図して5秒後に着弾するくらいのタイミングでやってくれ。外すと俺が吹き飛ぶ」
アルフィンがごくり、と唾を呑みこんだ。
「わかったわ。まかせて」


 ジョウは応戦していた通路から飛び出し、反対側に転がり込んだ。
そこには格納庫から頂戴してきたエアバイクがある。
素早くエンジンをかけ、タンデムに置いてあったバズーカを取った。
銃撃が一時止んだ通路にバズーカを突き出し、2発連射する。 バズーカを背中に廻し、瞬時にエアバイクに跨って、煙の残る通路に飛び出した。
幅2メートルもない通路をエアバイクで駆け抜けるなど、予想もつかないガードマン達は慌てふためく。
ブラスターを向けるが、撃てずに頭を抱えて床に突っ伏すので精一杯だった。

 ジョウはエアバイクに急制動をかけて、ある通路の入り口で止まった。

真っ直ぐに見える通路の先にはエアロックのようなハッチが見える。ポイントE−32だ。
外壁が厚く、中からの攻撃だけでは破壊できない。と言って外からのバズーカだけでは威力が小さ過ぎる。中外、同時に破壊するのがベストだった。
ジョウが左手の通信機のスイッチを入れた。

「いいか?アルフィン」
「もう構えてるわ。いつでもオッケイよ!」
ジョウも肩からバズーカを外しておもむろに構えた。一呼吸おいて通信機に叫ぶ。
「よし、撃て!」
トリガーを押した後、バズーカを投げ捨て、エアバイクのある壁際に隠れた。
轟音とともにバズーカ弾が炸裂したのが分かった。それも複数回は聞こえない。ほぼ同時だった証拠だ。
陰から頭を出し、通路の先に目を凝らした。
煙のが薄くなったその先には直径2メートル弱の穴が開いており、白みかがった空が見えた。

「やったぜ、アルフィン!」
ジョウは瞬時にエアバイクに跨り、スロットルを全開にして通路を駆け抜けた。穴の手前でノズルを小さく噴射し、角度をつけて外に飛び出す。

目の前に広がる原生林は思ったよりも建物に接近している。ジョウは突っ込まないように慌てて急制動をかけてエアバイクを停止させた。
土埃が舞って思わず、目を細める。

「ジョウ!ここよ!」
アルフィンの甲高い声が聞こえた。

目をやると50メートルほど離れた岩場の上で手を振る赤いクラッシュジャケットの姿が見える。
ジョウはほっとし、エアバイクの向きを変えようとした時。 上方からレーザーの光が走り、アルフィンの周りに集中した。
ようやく異変に気付いたガードマン達が『ガンズロック』の側面から攻撃してきたのだ。

「野郎!」
ジョウは肩にかけたレーザーライフルで狙撃手を狙い撃ちした。
3人がもんどりうって側面の砲座から落ちるのが見えた。
ジョウはエアバイクを急発進させ、アルフィンに岩場の下で止める。
「アルフィン!飛び乗れ!」
アルフィンが岩場から顔を出し、一瞬とまどいの表情を浮かべたが、頷いて跳び降りる。
ジョウが腕を伸ばして華奢な身体を抱きとめた。そのまま、タンデムシートに滑り込ませる。
「しっかり捉まってろ!」
言い終わらぬうちにスロットルを全開にしてエアバイクを発進させる。
振り落とされそうになりながら、慌ててアルフィンがジョウにしがみつく。
土埃が舞う中、エアバイクは岩場のオフロードを疾走した。






 エアバイクが疾走する姿を追って、小型機が高度を下げてきた。近くの岩場をレーザーが灼く。
ジョウはいくつかの方向ノズルを制御して、エアバイクを蛇行させた。

「兄貴!うまく脱出できたじゃん!」
通信機からリッキーのハイテンションな声が聞こえた。
「ちょっと!ちゃんと援護してよ!」
アルフィンが必死にジョウの腰に捉まりながら、手首の通信機に叫んだ。
「リッキー!もうすぐ仕掛けてきた爆弾が爆発する。『ガンズロック』には近づき過ぎるな」
ジョウが右手上方の<ファイター2>の赤い機体をちらりと見て言った。
「兄貴たちはどーすんの?」
「俺たちは大きく迂回して<ファイター1>が置いてある谷底に向かう。追尾されないようちゃんと援護してくれよ」
「まかせとけって!」

「ジョウ。お疲れさんでした」
タロスの凄みのある声が通信に割って入ってきた。
「お疲れのとこすみませんがね。『ガンズロック』が援軍の要請を出してるようです。通信を傍受しましたわ。もうすぐ雑魚がわらわら来ますよ」
「構わん。もうすぐ連合宇宙軍の手入れが入るさ」
「へ?」
3人に声が一斉に重なる。

「それとなく、バードに匂わせておいたよ。プロトタイプ・データのことは勿論伏せてな。素粒子使用の武器製造は許可がなければ違法行為だ。しかし、製造を裏付ける証拠がなけりゃ、連合宇宙軍だって介入できない。だが、今すぐ手入れが入れば『ガンズロック』の中に、わんさと証拠が見つかるさ」
「ほー。これまた美味しい餌を撒いたもんですなあ」
タロスが通信機の向こうで面白そうに笑った。
「それじゃ、ゆっくり<ファイター1>で帰って来てくだせえ。おい、ボケナス!おめェ、ちゃんと援護しろよ!」
「なんだよ!タロスこそ、上空でのたのた浮いてないで降りてこいよ!」
またいつものケンカが始まったようだ。
ジョウとアルフィンは顔を見合わせて笑い、通信機のスイッチをオフにした。

 地面が割れるかと思われるような轟音の後、『ガンズロック』が火を噴いた。
連合宇宙軍の手入れを考えて、ジョウは研究開発ルームのある最下層部分は避けて爆薬を仕掛けてきた。

――あとはバードが上手くやるだろ。

ジョウはエアバイクの針路を変えて、南側の谷の方へ向かった。
東側の地平線からは、眩しいばかりの朝日が昇ってきている。
急速にごつごつした岩場が明るくなり、影とのコントラストを作る。
幾く筋かの朝の光が、風になびくアルフィンの金髪をも眩しく輝かせた。
仕事を終えた安堵感からか、彼女もその陽光の降り注ぐ景色をエアバイクのシートから、うっとりと眺める。
そして自分の目の前にあるジョウの大きな背中にそっと頬をつけた。碧い瞳が嬉しそうに煌く。

「ねえ、ジョウ」
「なんだ?」
ようやく安定した操縦になったのを見計らってアルフィンが口を開く。
「その・・・。ジョウにとっての『いい女』って何?」
「はあ?」
思わず間抜けな声を出したジョウの気持ちを現すように、エアバイクが激しく揺れる。

「あん、もう。ねっ、ちゃんと答えてよ!」
アルフィンが振り落とされないように捉まりながらも片手でジョウの背中を叩く。
「痛てっ!」
思わずジョウがのけぞった。また、蹴りを入れられたところだ。
「もう聞こえないふりなんて、許さないんだから!」

ジョウが前を向いたまま、ぼそりと答えた。
「足の速い女だろ」
「え・・・?」
「どこに逃げたって、追いついてくるンだろ?」
ジョウが面白そうに漆黒の目を細めて、肩越しにアルフィンの方を見た。
アルフィンは思わずどぎまぎして、碧い目を逸らす。
頬が上気してくるのが分かった。ジョウの腰に廻す手にぎゅっと力を入れる。

「もちろんよ。銀河の果てまでだって、追いかけてやるんだから!」
ジョウが声をあげて笑った。
「期待しているぜ」

 エアバイクが土埃を上げながら、大きく迂回して谷底への下りに入った。
ジョウがスピードを落とさずに、かっ飛ばしてゆく。
アルフィンのはしゃぐ声が朝の風に乗って、いつまでも流れていた。



<END>




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