〜真の碧V〜



「見かけ以上に立派なクリーン・ステーションですね」

中央コントロール室には連合宇宙軍のユウキ大尉他数名が案内されていた。
「いやいや。銀河中からの廃棄物を集めているもんでね、それなりの設備で稼動してますが、ここのところ連合宇宙軍様の規制が厳しくてねェ。ツライ商売ですよ」
ウェイザーがうわべだけの愛想笑いをしながら、額の汗をぬぐった。
「で?今回はまた随分といきなりの臨検じゃあ、ありませんか? クリーン・ステーション内の汚染事故なんて昨今、珍しいことではないでしょうに」
「珍しいことではないので問題になってるんですよ。こちらの宙域では初めてかもしれんが、工業惑星の多い宙域では先月から一斉にやっています」
(この大尉も、なかなか食えねェ兄ちゃんだな……)
ユウキ大尉の後方に立つ大柄の男が口端をあげてにやり、と笑った。
連合宇宙軍の作業服をきつそうに着ているタロスであった。
「メイン・ポートが塞がっていてご迷惑をおかけしましたがね、ご覧の通り大型運搬船が相次いで入港していて取り込んでるンすよ。検査の方は手短にお願いしたいもんですな」
「わかってます。お仕事を邪魔する気はありませんが、規定の検査条項はきっちり調べさせてもらいますよ」
ウェイザーはそれには応えず、大仰に肩をすくめた。そして大尉たちを案内してきた部下に顎をしゃくる。
「おい、連合宇宙軍の皆さんをクリーン・ブロックまで丁重にお連れしろ」

一行がコントロール室を出る直前に後方が小さくざわついた。
「キャップ!ガキどもが……」
「なに?」
後ろを何気なく伺ったタロスの目に、険しい表情のウェイザーの横顔が映った。
(ジョウが救出したか?ってことは、あとはガーベイとアルフィンだな)
「こちらのエレベーターで行きます」
ウェイザーの部下の先導で最下層のクリーン・ブロックへ一行は降りるのだ。
「クリーン・システムの制御ルームも最下層にあるのか?」
乗り込む前にタロスが訊いた。
「メインは先ほどのルームの隣にありますが……」
「別行動、とりますぜ」
素早くユウキ大尉に囁いたあと、後ろに付いてるもう一人のウェイザーの部下に向き直った。
「俺たちは制御ルームの方を調べるから案内してくれ」
「しかし、あまり細かく分かれるのは……」
「何か不都合でもあるのか?」
タロスの鋭い一言に部下は一瞬躊躇したが、あきらめて従った。
ユウキ大尉の命令で連合宇宙軍の兵士がひとりタロスに随行し、大尉一行は最下層へと降りて行った。

「制御ルームはこっちです」
「その前に……」
振り返ろうとしたウェイザーの部下の頭に、タロスはレイガンを付きつけた。
「こちらにクラッシャーとミス・ブルーがやっかいになってると思うが……まづはそっちの部屋に案内してくんねェか?」
「貴様……」
「おっと」
タロスが素早く、海賊からイヤホンを取り上げる。
「いい子にしてれば、そのド頭に穴が開かずに済むぜ」


ふと、ガーベイが顔を上げた。グレイがかった瞳で鋭くドアの方を見る。
「・・・なに?」
アルフィンもつられて、ドアの方に視線を向けた。
いきなり、ガーベイが向かいに座っていたアルフィンの腕を把り、ソファアの後ろに引きずり込んだ。
次の瞬間、マシンガンの連打音と共に部屋のドアの一部が吹き飛んだ。
「ちっ、結構頑丈に作ってやがる……」
他人事のようなぼやきと共に強引にドアが蹴り開けられ、たなびく煙の中から人影が現れた。
「相変わらず、派手な登場の仕方だなァ」
ガーベイが呆れた声を出しながら、ソファの陰から顔を覗かせた。
「おう、久しぶりだなガーベイ。元気にしてたか?」
「部屋ン中に居るヤツのことも少しは考えて、開けろや」
「すまねェな。海賊さんがちと開けるのを渋ったもんでよ」
タロスが薄笑いしながら廊下に転がっている男をの方へ顎をしゃくった。
と、ソファの陰から飛び出したアルフィンが、タロスに抱きついた。
「タロス!よっかた、来てくれて!……でも、てっきりジョウが来てくれると思ったんだけど」
「悪かったな……俺で」
アルフィンの本音に苦笑しながら応えるタロスに、ガーベイが硬い声で訊いた。
「子供たちは助けたのか?」
「はっきり確認はしていないが、海賊たちが慌ててたからジョウが救出したと思うんだが」
「そうだ!ジョウと連絡とれるのよ」
「なんだァ?それを早く言え」

すぐにジョウとは連絡がついた。
「タロスか!?今どこに居る?」
「たった今、ガーベイとアルフィンの部屋のドアを蹴破ったところでさあ。アリエスと子供たちは無事ですかい?」
「ああ、一旦最下層のクリーン・ブロックへ避難させてる。そちらに向かおうと思っていたが、おかげで手間が省けた。そっちの人数で脱出できそうか?」
「ええ、武器も手に入れたし、兵隊も増えやしたからね。そっちこそ、子連れで行けますかい?」
「なんとかするサ。クリーン・ブロックから廃棄物を運ぶコンベアに併走してるカートがあるから、それで脱出するつもりだ。ポートへの出口付近を抑えておいてくれると助かる」
「まかせておきなせェ。ミネルバで待機してるリッキーを迎えにやらせますよ。で、海賊のヤツらはどうします?」
「まずは人質の脱出が優先だ。連合宇宙軍に援軍を要請してそちらに任せよう。だが、帰り道は派手にやってイイぜ?邪魔する海賊どもには丁重に”お礼”してやってくれ」
「そんなこたァ言わずもがな、ですよ。まあ、そっちが脱出しやすいように派手にやったります」
「脱出前にステーション壊すなよ」
「そっちこそ」
通信があわただしく、切れた。
「あん!あたしも話たかったのにぃ」
アルフィンが横で頬をふくらませて、文句を言った。
「それは脱出してからにしてくれ、ミス・ブルー」
タロスのぼやきに、ガーベイがたまらず噴き出した。







ユウキ大尉一行は案内されてクリーン・ブロックのサブ制御ルームへ向かっていた。
途中のコンベアや排気孔も形式上、逐一点検してゆく。
と、別ルートのエレベーターから数人の武装した海賊たちがばらばらと降りてきた。
「どうした?」
大尉の一行に随行していたウェイザーの部下が、大声で訊いた。
「ガキどもが逃げ出しやがった!このクリーン・ブロックへ降りたらしい。見かけなかったか?」
ウェイザーの部下が口を開く前に、ユウキ大尉が鋭く訊いた。
「ガキども?ここのステーションには子供が居るのか?」
「い、いや。ちょいとワケありで預かってる子供たちが居ましてね。悪さばかりして困ってるんですよ」
あわてて弁解しながら部下は、一行を反対の方向へとうながした。
その時、小さい子供の泣き声が聞こえた気がした。
ただちに、武装した海賊たちが声のした方を探りに行く。
「いたぞ!カートの中だ!」
ひとりの海賊が待機所に停まっているカートを指差している。
確かにカート荷台のシートがもぞもぞと動いてるようだ。
咄嗟に横で銃を構えたウェイザーの部下に、ユウキ大尉が体当たりをした。
「子供たちを救出する!」
その言葉が終わらぬうちに大尉の部下が銃を抜き、海賊たちに向かって撃ち始める。
カートに向かっていた海賊たちもあわてて散開し、応戦した。激しい銃撃戦となった。

「ちっ。子供たちが捕まったら元も子もない」
ユウキ大尉が舌打ちをした時、カートの荷台から子供が顔をのぞかせ、レイガンを乱射し始めた。
思わぬ反撃に海賊が一瞬怯んだところに、別の方向からも銃声が響く。
カート付近まで近づいていた海賊のひとりが、もんどりうって床に転がった。
「キャサリン!荷台に隠れてろ!」
クリーン・ブロックの空間に凛と響く男の声。その声の後を追うように、また数人の海賊が狙い撃ちされて倒れた。
「どこだ!?」
思わぬ正確な狙撃に海賊たちがあわててあたりを見回し、一旦物陰に隠れた。

クリーン・ブロックの薄暗い壁から人影がひとり、降りてきた。ちょうど海賊と連合宇宙軍の間くらいの排気孔から、ロープか何かをつたって降りてきているようだ。
海賊が気づき、人影の周りを狙い撃ちし始める。
「援護しろ!」
ユウキ大尉の命令に、すぐさま連合宇宙軍の部下たちが反応する。
人影の着地点を計算して、ユウキ大尉が移動した。
男は素早く着地し、手近な物陰に隠れる。プロらしい鮮やかな動きだ。
一瞬、銀色のスラックスにブルーの上着のクラッシュジャケットが視認できた。どうやら、噂のクラッシャーらしい。
「連合宇宙軍情報部第二課のユウキ大尉です。あなたがクラッシャージョウか?」
ユウキ大尉が大声で叫び、物陰をうかがった。
「そうだ。情報部が動いてるのか?」
声に驚きの音を含ませて、若いクラッシャーが顔を出した。漆黒の瞳が鋭い。
「話はあとだ。まず、子供たちを救出する。援護してくれ!」
言い終わらぬうちに、その人影が飛び出した。
「まったく……クラッシャーは向こう見ずなヤツばかりだ」
大きくため息をつきながらも、大尉は部下に指示を出してジョウの援護にまわった。

素早いジョウの動きに付いてゆけず、海賊は応戦一方となっていた。
じりじりと連合宇宙軍の兵士たちが追い込んでゆく。
「アリエス!みんな無事か?」
カートにたどり着いたジョウが、運転席の裏に回り込んだ。
「ええ、大丈夫よ。ガーベイを連れてきてくれた?」
アリエスが穏やかな口調で応えながら、シートの下から顔をのぞかせた。
「今しがた、タロスが無事救出した。よって別ルートで脱出する」
ジョウが運転席に乗り込み、いくつかのスイッチを入れてカートのエンジンを始動させる。
そこへユウキ大尉が走り込んで来た。
「クラッシャージョウ!ガーベイとミス・ブルーは?」
「仲間が助け出した。そちらも一旦、脱出して連合宇宙軍の援軍を要請してくれ」
「では、人質も『真の碧』も無事だと言うことですね?」
「今のところはね。あんたたちが来てくれて、ほんとうに助かった。バードの部署が動いてるのか?」
「私は情報部の海賊担当なんです。ここは私たちが引き止めておきますから、すぐに脱出してください」
「わかった。感謝する、ユウキ大尉」
大尉に軽く手を挙げて応え、ジョウはカートを発進させた。荷台から子供達の歓声が響いた。
「わぁい!動いたー!」







コンベアに併走するカート・ルートにはそれぞれナンバリングがしてあった。
おそらく外層にあるいくつかのポートからリサイクル用途に分かれてコンベアが敷かれているのだろう。
「ミネルバは何処のポートへ入ってるんだ?」
ジョウが通信機でリッキーを呼び出そうとしたその時、左前方から誰何の声が聞こえた。
「いたぞ!」
クリーン・ブロックの洞窟のような壁の一角がぽっかりと口を開き、数人の海賊たちの姿が現れた。手にはそれぞれ武器を持っている。
「頭をひっこめて、左の壁沿いに寝そべるんだ!」
ジョウが後ろの荷台に向かって怒鳴った。
アリエスがあわてて子供達の頭を押さえて、荷台の壁沿いに隠れさせる。
間髪入れずに海賊の激しい銃撃が始まった。合金製の荷台の外壁にいくつもの銃痕が残る。驚いたジニーが甲高い声で泣き始めた。
運転席のジョウには側面のドア以外何も遮るものがない。ジョウは頭を出来るかぎり低くして、スピードペダルを踏み込み、海賊の目の前を一気に通り過ぎた。
「ちっ。こんな調子で上から狙い撃ちされたら、どうしようもないぜ」
一旦、スピードを緩めてマニュアルをオートにし、荷台に積んであった薄い合金板を運転席の両側に立てかけた。何も無いよりはマシだ。

「兄貴!」
その時、リッキーの声が耳に飛び込んできた。
「今、ポートを抑えた!迎えに行くから現在位置を教えておくれよ!」
「リッキーか!現在位置は……」
ジョウは辺りを見回して、目印になるものを探す。
「さっきD−23の表示があったわよ!」
後ろの荷台からキャサリンが叫んだ。
「D−23?分かるか、リッキー?」
「ええっと……。ドンゴがステーション内の地図を取り込んだんだけど、ミネルバはCポートに入ってるンだよ!」
「アルファベットがポートの名前か」
今度は舌足らずな声が荷台から聞こえた。小さい声で何を言ってるのか、よく分からない。
「なんだって?」
「D−23をこのまま行くとC方向へ向かうジャンクションがあるらしいわ!そこで左へ進路をとってCの表示を追ってゆけば、ポートに着くと思うって」
双子の妹のジーナが覚えていたのだろう。キャサリンが大声でジョウに叫び返した。
「オッケイ。リッキー、Cポートから伸びるカート・ルートを降りてくれば途中Dルートへ入れるジャンクションがあるらしい。とりあえずそこで落ち合おう」
「了解!すぐ行くよ!」
「ああ、気をつけてな」
リッキーからの通信が切れた。

荷台に転がっていた牽引用のロープで、とりあえず子供たちとアリエスを荷台に固定させた。これでなるべく体勢を低くしておけば危険も少ない。
「さあて、このまま一気に合流してミネルバへ戻るぞ!」
威勢のよくなったジョウがカートのスピードをアップする。しかし、そう簡単には海賊たちも引き下がってはくれなかった。
「ジョウ兄さん、うしろ!」
クラウスの怯えた声が終わらないうちに、カートの周りに銃撃が集中し始めた。
後ろから二台のカートが追ってきているのが見える。
ジョウがスピードを落とさず、通路幅ギリギリにカートを蛇行させる。子供達の悲鳴が長く尾を引いた。
「クラウス!クラッシュパックを開けろ!」
ジョウが荷台に向かって怒鳴る。
「手榴弾の使い方は分かるか?」
「あたしがやるわ!ピンを抜いてカートに向かって投げればいいのよね?」
キャサリンが手榴弾を取り出す。
「待て!いいか、ピンを抜いて5秒数えてからだ!」
「まかせといて!」
アリエスがハラハラと心配顔で眺めるのなど気にもせず、双子の姉妹が声をそろえてカウントした。
「いーち、にー、さーん、しー、ごー!!」
キャサリンが荷台からひょっこっと顔を出し、カートに向かって手榴弾を投げつけた。
「すぐに身を低くして、隠れろ!」
ジョウがすかさず、怒鳴る。
轟音と閃光と共に、爆風がカートを襲った。煽られてあやうく横転しそうになるのを、ジョウが必死で立て直す。子供達の悲鳴が途切れることなく、続く。
後ろを振り返ると一台のカートが炎上し、もう一台が横転してクラッシュしていた。予想以上の爆発力だ。
「手榴弾だけの威力じゃないな。クリーン・ブロック内に発火性の気体が充満してるのか?」
ジョウが冷や汗をかきながら呟く。海賊が大型の重火器を持ち出さない理由が分かった。

前方にジャンクションの表示が見えた。確かに右はそのままDルート、左に行くとCルートに乗るらしい。
しかし、そのジャンクションでも海賊たちが待ち構えていた。
前方から激しい銃撃が始まる。ジョウはもう運転席から頭を出してなどいられなかった。
「くっそォ……」
その時、突然リッキーの叫び声が耳に響いた。
「兄貴!吹っ飛ばすからスピード緩めとくれ!」
その言葉が終わらないうちに、ジャンクションの壁の上にいた海賊たちめがけて、バズーカ弾が撃ち込まれた。
あわてて急ブレーキをかけるジョウ。カートの後部が大きくふられて、スピンする。荷台でまた子供たちが悲鳴を上げた。
またもや大爆発が起こった。
薄くなってはきているようだが、確実に空気中には発火性物質が存在してるらしい。
「リッキー!それ以上撃つな!」
ジョウが通信機に向かって怒鳴る声に、応答は無かった。
もうもうと湧き上る黒煙の向こうに、無残に破壊されたジャンクションが浮かび上がる。ほとんど分岐路の壁が無くなり、Dルートの通路は破壊されて下に落下していた。
バズーカ弾はCルートの方向から発射されたので、幸いにもそちらはあまり損傷がなかった。
ジョウが注意を払いながら、ゆっくりとカートをCルートに入れた。通路幅が瓦礫の山で狭くなっている。
瓦礫の山陰に一台のカートが転がっていた。自分で撃ったバズーカ弾の爆風に煽られて横転したのだろう。
その車体につかまって身体を起こそうとしているグリーンのクラッシュジャケットが見えた。
「リッキー!大丈夫か?」
ジョウがカートを傍に停止させた。リッキーが頭を押さえてよろよろと立ち上がる。
「なんなんだよォ。このドデカい爆発は……」
と、後ろから銃声が響いた。海賊の残党がまだ居るらしい。
「リッキー、乗れ!」
その声にすぐさま反応して、リッキーが荷台の壁に飛びついた。ジョウがすかさずカートをスタートさせる。
「うわあ!」
振り落とされそうになるリッキーをアリエスと子供たちが荷台に引きずり込んだ。

「大丈夫?」
いきなり覗き込まれたアリエスの碧い瞳に、リッキーがどぎまぎと応えた。
「お、俺ら……」
「うちの機関士のクラッシャーリッキーだ」
ジョウが顔を前方に向けハンドルを操作しながら、大声で紹介した。
「えー?こんなに小っちゃいけど、クラッシャーなのォ?」
サラとジーナが声を合わせて、驚きの声を上げた。
「あら、小さくてもクラッシャーにはなれるのよ?ジョウなんて10歳でクラッシャーになったんだもの」
アリエスが優しく微笑んで、娘達を諭した。
「ふうん、あんたも10歳なの?」
キャサリンが腕組みして床に転がっているリッキーを見下ろす。
「バカにすンな!俺らはもう16歳だよ!」
リッキーが顔を真っ赤にして喚いた。







「なんなんだよ!せっかく助けに来たのに、俺らのこと小っちゃい小っちゃいって……」
ブツブツと隣でいじけるリッキーを、ジョウが必死で笑いをこらえながらなぐさめた。
「まあ、そうクサるなよ、リッキー。子供相手だ、大目に見てやってくれ」
「あんな口の悪いガキども、見たことないよ!」
リッキーが口を尖らせて文句を言った。

しばらくの間、たいした障害もなくカートは順調にCルートを走っていた。
「C−5……もうすぐポートか?」
ジョウが通り過ぎた標識を確認してつぶやいた。
「兄貴……あれ!」
「なんだ?通行止めか?」
はるか前方のライトが落ちて視界が悪くなっていた。近づいてゆくと、巨大な瓦礫がルートをふさぎ、数箇所で細い煙が出ている。
ジョウは瓦礫の山の直前でカートを停めた。
「俺らが通った時は何ともなかったのに」
「距離的にもう、ポートの入り口付近だろう。一戦あったのか?」
「連合宇宙軍の兵士が鎮圧してくれてる筈だけど、また海賊からの攻撃があったのかなァ?」
「かもしれんな。この瓦礫の山じゃあ、カートは通れん。他のルートを探すか……」
ジョウは運転席から身を乗り出して、辺りを見回した。
「兄貴、あそこに非常口の表示があるよ!」
リッキーが指差す方向を見ると確かに非常灯の標識が見え、その下に小さな扉があった。
「カートを捨てて、徒歩で行くしかないか」

一行はカートを降りて、徒歩での脱出に切り替えた。先頭のジョウに続いてキャサリン、双子の姉妹、ジニーを抱いたアリエス、そしてクラウス、しんがりはリッキーが務めた。
「わーい!みんな並んで遠足みたいィー」
「もうお家に帰れる?」
双子の姉妹は先ほどのカーチェイスにもさほど疲れを見せず、はしゃいでいる。
「いいよなァ。ガキは気楽で、さ」
リッキーがレイガンを構えなおして、大仰にため息をついた。

ステーションの中は幅2メートルほどの通路が通っていた。外層付近のためか、部屋数も少ない。
ジョウはなるべく早くポートへ出たかったが、子供連れではそうそう素早くは動けなかった。
しばらく通路を進んだ時、後ろから足音と共に、数人の声が聞こえてきた。乗り捨てたカートの後を追って、非常口から入ってきたらしい。先頭の海賊がジョウ達に気づいて発砲してきた。
「次の通路に出るまで走れ!」
ジョウが怒鳴りながら、逆行する。リッキーは後ろを振り返ってレイガンで応戦し始めた。
海賊が撃った弾が壁に弾かれて天井の電光パネルに命中した。大きな音と火花が光り、パネルが割れて飛び散る。
「あぶない!」
咄嗟にアリエスが双子の姉妹たちを抱え込み、自分の身体でかばった。パネルの中の器具が衝撃で外れてアリエスの背中を直撃する。
器具がそのまま床に大きな音をたてて落ち、細かい部品と火花が飛び散った。
「アリエス!」
ジョウがあわてて踵を返し、倒れて動かないアリエスの身体と双子の姉妹を近くの部屋へ引きずり込んだ。
「マム!?」
驚いて戻ってきたキャサリンとクラウスの腕も咄嗟に掴み、部屋に引き入れる。
そして素早く腰につけていた手榴弾を外し、ドアから顔を出して叫んだ。
「リッキー!こっちに飛び込め!」
海賊に応戦していたリッキーは即座に反応して、部屋の入り口めがけて飛び込んできた。それと入れ違いに、ジョウはピンを抜いた手榴弾を海賊たちの居る方向に放り投げる。
数秒おいて激しい爆発が起き、爆風が通路を疾った。
「リッキー、残党を確認してくれ」
「あいよ」
ジョウが部屋の中に戻った。
双子の姉妹がアリエスにすがりついて泣いている。アリエスの身体の下ではジニーが火がついたように声をあげて泣いていた。アリエスに意識は無かったが、ジニーをしっかり抱いて離してはいなかった。
ジョウがジニーを腕の中から取り上げ、真っ青な顔をして隣に震えて立っているクラウスに手渡す。
「マム、マミー!!」
キャサリンが半狂乱になってアリエスにすがりき、肩を揺さぶった。
「動かすな、キャサリン」
ジョウが静かな声で言って、キャサリンの肩を抑える。そしてアリエスの傍らに膝をつき、そっと抱き起こし床に横たわらせた。ざんばらになった細い黒髪の中からあらわれた真っ白い小さな顔や、頭部の怪我のチェックをする。
パネルの破片で頭部を切ったのか、後頭部からわずかな出血があった。
「キャサリン、クラッシュパックを開けて手当てしてくれ」
勝気なキャサリンもさすがに真っ青な顔をして、口元で小さな拳を握り締めたまま硬直していた。
「大丈夫だ。意識はないが、大きな怪我もなさそうだ」
ジョウが優しく言うとキャサリンは弾かれたように顔をあげ、そして小さくうなずいた。

「兄貴!反対側の通路からまた来るよ!」
部屋の入り口で残党を確認していた、リッキーが叫ぶ。
ジョウが舌打ちして立ち上がった。ドアの付近でリッキーと並び、通路をうかがう。引いてきた煙の中から、薄く人影が浮かび上がった。
「まて!」
レイガンを構えなおしたリッキーを鋭く手で制する。
「タロスか!?」
「撃たねェでくださいよ」
煙が途切れた間から、海賊から取り上げたらしいマシンガンを担いだタロスの巨体が近づいてきた。
ジョウとリッキーの身体がほっと弛緩する。
「ジョウ!」
タロスの巨体の後ろからアルフィンが飛び出してきた。緩やかなウェーブの金髪をなびかせ、ジョウの胸に飛び込む。
「無事だったか!アルフィン」
ジョウもサファイア・ブルーのスーツに包まれた華奢なアルフィンの身体を抱きしめた。
「アリエス!子供たちは無事か?」
通路の安全を確認していたタロスの脇からダークグリーンのジャケットが現れ、足早に部屋に入った。
「ダッド!」
「ダディ!」
双子の姉妹がガーベイに飛びつく。床に横たわるアリエスを見てガーベイが呆然と立ち尽くした。
「アリエス!」
「破損した電光パネルが直撃したんだ。頭部からの出血があるが、命の危険はないと思う」
跪いてアリエスの怪我を確認するガーベイにジョウが詫びた。
「すまない。俺がついていながら……」
「頭皮を浅く切ってるだけだな。気を失ってるだけだろう」
「ダッド!遅いわ!」
キャサリンがたまらず、ガーベイの首にかじりついた。双子の姉妹もガーベイの腰や背中に貼りついて離れようとしない。
「悪かった。怖い思いをさせたな」
娘たちをひとしきり抱きしめ、そして隣に立つ息子を見た。
「クラウス、大丈夫か?」
ガーベイのその一言で、ジニーを抱きしめていたクラウスの瞳からハラハラと涙が零れ落ちた。ガーベイが腕を伸ばして優しくクラウスの頬を撫ぜる。

その時、ステーション内に警報が鳴り響いた。
「最下層くりーん・ぶろっくニオイテ火災発生。こあ・ぶろっくヘノ延焼ノ危険アリ。至急、すてーしょん内カラ退避シテクダサイ」
金属的な女性の声でアナウンスが繰り返される。
「ヤバイな。クリーン・ブロックで暴れすぎたか?」
「ジョウ、早いとこ<ミネルバ>へ戻った方がよさそうですぜ。ここの溶鉱炉に火が入ったらひとたまりもねェ」
「そうだな。ポートまでの道は分かるか?」
「ドンゴがビーコンだしてますんで、それを辿っていくしかないでしょう。そう遠くはないと思いますがね」
「<ルイーダ>もポートに入ってるのか?」
子供たちをひとしきりなだめたガーベイが、立ち上がって訊いた。
「いや。<ルイーダ>はちと別んとこに行ってもらってたんだ。でももう、こちらに向かってる途中だろう。<ミネルバ>に連絡が入ってるかもしれん」
「<ミネルバ>に子供達を乗せられるか?」
「いや、その代わり連合宇宙軍の巡洋艦がポートにドッキングしてる。そちらの方が乗り心地がいいと思うぜ?」
タロスがニヤリ、と笑って言った。
「乗り心地なんてどーでもいい。俺は早くこの『夢の島』からおさらばしたいだけだ」
「同感だ」
ガーベイのぼやきに、ジョウが真顔でうなずいた。







今度はリッキーが先頭をとった。
アリエスはサイボーグのタロスが抱き上げて運び、次はジニーを抱いたガーベイ、クラウス、双子の妹とキャサリン、そしてアルフィンと続く。しんがりはジョウが務めた。
ジョウが最後に通路を出てすぐ右に曲がったところで、ふと振り返った。目を凝らすと武装した海賊が数人こちらに向かってくるのが見える。
「ちっ」
ジョウはアルフィンが金髪をなびかせて次の角を曲がったのを確認してから、手時かな凹みに入り、海賊に向けてレイガンを撃ち始めた。

外層にめぐらされた通路は他ポートや格納庫との連絡のためか、いくつもの通路が交差して複雑になってきていた。
先頭をゆくリッキーが曲がるポイントごとにスプレーで印をつけてゆく。ガーベイが後ろの子供たちを気にしながら走るが、直線距離が短くなるとすぐに姿が見えなくなった。やがて双子の姉妹が遅れてきた。
「やん!ジーナ、これどっち?」
「えー?こっちに行かなかった?」
そこにもリッキーは印をつけていたが、ちょうど壊れた機器の陰になり、背の低い双子には見えなかった。
クリーン・ブロックの内部地図を頭に入れてきたジーナも、さすがに外層のこの路までは暗記していない。
二人そろって反対の方向に走り出した。
そうとも知らず、後ろから来たキャサリンは印の通りに曲がって走って行く。続いてアルフィンも何の疑いもなくコーナーを曲がったが、小さな悲鳴が聞こえた気がしてあわてて止まり、後ろを振り返った。

反対側の通路で双子が騒いでいる。ひとりが男に抱き上げられていた。
「こっちに来い、ミス・ブルー!」
男が双子に銃をつきつけたまま叫んだ。ひょろりとした痩せた男だ。よく見ると白衣こそ着ていなかったが、あのザウンダウン研究所のドクターだった。
「子供を離しなさい!」
アルフィンは携帯していた小型のレイガンを構えながら、注意深く近づいて行った。
「もう、外には連合宇宙軍の艦隊が集まってきてる。あなたに逃げ場なんてないのよ。銃を下ろしなさい!」
ドクターは青白い額に脂汗を浮かせて、小刻みに首を横に振った。
「それはこちらのセリフだ、ミス・ブルー。このガキを助けたければ、銃を捨ててその『真の碧』を渡すんだ」
「このケースは手首のブレスに繋がっていて離れないわ。それに私じゃないとケースは開けられないのよ」
「ゴタゴタ言うな、そんなこと分かってる!さっさと銃を捨ててこっちに来い!」
ドクターの指が震えながらトリガーにかかった。
「サラ!」
足元のジーナが男の膝をバンバン叩く。ドクターがジーナの身体を蹴飛ばした。
悲鳴をあげたジーナの身体が、通路の壁にぶつかって落ちた。
「やめて!……わかったわ。言う通りにするから、子供を下ろして」
アルフィンが唇をかみしめて、銃をゆっくりと下に置いた。
「ゆっくり……そうだ、こっちに来い」
アルフィンがドクターへと近づく。床をならすヒールの音だけが静かに通路に響いた。

「サラを離して!」
突然、後ろから叫び声が聞こえた。振り返ると黒髪の少女がレイガンを構えて男を睨みつけている。
「なんだ、おまえは?」
「だめよ!キャサリン」
アルフィンがあわてて止めようとした時、ドクターがキャサリンに向けて発砲した。
「きゃっ!」
脇の壁に跳弾した音にキャサリンが頭をかかえて、立ちすくむ。
(このテの人間は、錯乱したら何をするか分からないわ)
アルフィンは空いている方の手をあげて、ドクターに向き直った。
「わかったわ。おとなしく何処へでもついてゆくから、子供たちには手を出さないで」


ジョウは追手の海賊たちをひとしきり抑え、一行を追って走り出していた。スプレーの印ごとにいくつかのコーナーを曲がる。
と、子供たちの泣き声が聞こえてきた。あわててスピードをあげ、通路に飛び出す。
「キャサリン!?どうした?」
通路の奥に、泣き叫び姉にすがりつく双子とキャサリンが居た。
「ジョウ兄さん!」
そういうキャサリンも碧い瞳に涙をいっぱいに溜めて座り込んでいる。
「あの、あの青い服の女の人が……」興奮してはっきり言葉にならない。
「なに?アルフィンがどうしたっ!?」
ジョウがさっと顔色を変えた。思わずキャサリンの小さな肩を掴む。
「ヘンなひょろっとした男に、連れて行かれて……」
ようやくキャサリンが喘ぐように声を出して応える。そして小さな指で反対側の通路を指差した。
ジョウが叩かれたように立ち上がり、通路に目を凝らす。奥に一瞬、人影が見えた気がした。
「くそっ!」
「サラ、ジーナ!キャサリン!」
その時、大声で娘たちの名前を呼びながらガーベイが角を曲がって戻ってきた。子供たちが後に続いて来ないのを心配して探しに来たのだろう。
「ガーベイ、子供たちを頼む。アルフィンが連れて行かれた!俺は後を追うから、タロス達と一緒にステーションから脱出してくれ!」
そう言うが早いか、ジョウは通路の奥へ向かって走り出した。
「あ、おい!」
ガーベイが止めるヒマもない。瞬く間にジョウの姿が見えなくなった。







ジョウはステーションの通路を全力疾走で駆け抜けながら、アルフィンを呼び出した。
「アルフィン!聞こえるか?」
「……ジョウ!?」

アルフィンはドクターに右手首を掴まれ、引きずられるように走っていた。通信は耳の骨伝導マイクのお陰で、気づかれてはいない。
「今、後を追っている。何処へ向かっているか分かるか?」
アルフィンは走りながら、辺りを見回した。しばらくすると小さな表示が見えた。
「A……ポートへ向かってるみたい」
「なんだ?」
汗だくになりながら走っていたドクターが振り返った。
「い、いえ。なんでもないわ」
あわてて応えるアルフィンの耳にジョウの声が響いた。
「もう、喋るな。大丈夫だ、必ず助ける」
アルフィンは思わず、涙がこみ上げてきそうになった。しかし、唇をかんでこらえた。


ドクターはいくつかの細い通路を通ってAポートの一角に出た。小型の宇宙船ばかりがいくつか並んでいる。
「これに乗るんだ!」
そのひとつの機体のハッチを開けて押し込もうとするが、アルフィンは必死で抵抗する。
その時、低いだみ声が辺りに響いた。
「おやおや。どこへ姿をくらましていたかと思ったら……」
ドクターの身体がはっと強張った。こめかみから首筋に嫌な汗が流れ落ちる。
わざとらしい靴音をたてて、機体の陰からウェイザーが現れた。手にはレイガンが握られている。
「困るねェ。勝手にミス・ブルーと『真の碧』を持ち出そうとするたァ、契約違反だろ?え、ドクター?」
「い、いや。ステーションが爆発する危険があるので、さ、先に脱出した方がいいと思って……」
しどろもどろに応えるその言葉が終わらぬうちに、一条のレーザーがドクターの胸を貫いた。華奢な男の身体は声さえ上げる間もなく、宇宙船の短いタラップの上から床に崩れ落ちた。
「裏切り者の言い訳は見苦しいな。……さて」
ウェイザーがおもむろに振り返り、タラップの下で硬直していたアルフィンの細い腕を掴む。
「また会えて光栄だな、ミス・ブルー。無粋なクラッシャーはお前を置いて逃げてしまったのかな?さあ、あらためて<ガルドラス>へご招待しよう」


ジョウは息を切らせて通路から飛び出した。突然出た巨大な空間にたたらを踏み、あわてて周囲を見回す。
「Aポートに……出たのか?」
目の前にはいくつかの小さな宇宙船が駐留している。ひとつの機体のハッチが開いていた。
ジョウが注意深く近づくと、そのタラップに下にひとりの男が転がっていた。ぐったりと横たわる細身の身体をひっくり返し、脈を取ってみたがすでに絶命していた。
「この男がアルフィンを連れて行ったヤツか?」

その時、ポートの奥から宇宙船のエンジン音が聞こえた。鈍い振動と共にドッキング・ポートから離れてゆく宇宙船が見える。ジョウも乗ってきた<ガルドラス>だった。
「あれに乗ってるのか!?」
ジョウは急いで開いていたハッチから小型の機体に乗り込んだ。操縦席に座り、次々とスイッチをオンにしながらアルフィンに呼びかけるが、応答は無い。
ジョウは一気にエンジンを始動させ、<ガルドラス>を追ってポートから脱出した。







Cポートに繋留していた連合宇宙軍の<アカツキ>が、ドッキング・ポートから離れた。続いて銀色の機体の<ミネルバ>もステーションから離脱する。
ステーション・ψの周辺は俄かにあわただしくなっていた。軌道上に待機していたトレビス軍の<ディアニクス>の他に、トウ・チオから戻ってきたクラッシャーガーベイの宇宙船<ルイーダ>も姿を見せている。
そしてもう間もなく、連合宇宙軍の要請により一個師団がタルドー星域に到着する予定であった。

「ええっ!?アルフィンが連れて行かれたのかよ?」

<ミネルバ>のブリッジでは、先に乗り込んで発進準備を進めていたリッキーが、どんぐり眼を剥いて叫んでいた。
「ああ。おまけに『真の碧』付きだ。元も子もねェや」
主操縦席についたタロスが、唸るように応えた。気怠るそうにメインスクリーンに映像を入れる。
「海賊船に連れ込まれる前になんとかジョウが間に合うといいが……」
スクリーンにはステーション・ψを囲んでいくつかの光点が表示されていた。と、ステーションの一角からまたひとつ光点が点滅しながら離れてゆく。
「何か出てきたぞ」
タロスの指が映像をズームアップした。メインポートらしき所から見覚えのある宇宙船がゆっくりと出てきた。
「あれ、<ガルドラス>だよ!」
リッキーが動力コントロールボックスから身を乗り出して叫んだ。
「くっそう。アルフィンと『真の碧』はアレに乗ってるのか?」
「キャハ。めたるけーすニハとれーす装置ガツケテアリマスガ?」
空間表示立体スクリーンに座るドンゴが、甲高い声を上げた。
「おう、そーだ!早くトレース映像を出せ、ドンゴ」
サブスクリーンにトレース映像が映し出された。<ガルドラス>の黄色の光点と共に『真の碧』をあらわす赤の光点が重なって動いている。
「むう。やはりアルフィンは海賊船に乗っかってるのか……」
タロスが忌々しげに呟いたところに<アカツキ>と<ディアニクス>から同時に通信が入った。
「タロス!やっぱりミス・ブルーは海賊船か!?」
サブスクリーンに入ったガーベイが硬い表情で訊いてきた。もう一方のスクリーンに映し出されたトレビス軍のアレフ中尉は、顔面蒼白のまま口をパクパクとさせ、言葉も出ない。
無理もない。『真の碧』はトレビス大統領の絶対の信頼の元、秘密理のうちに持ち出されていたのだ。人質の救出に成功はしたが、ミス・ブルーと肝心の『真の碧』が海賊に渡ったとしたら、大統領の立場は元より、兵器原料の産出国としてのトレビス国家の立場も論争の的になるのは目に見えている。

その時、<ガルドラス>から通信が入った。
「えらくいろんな顔ぶれがお集まりいただいているようだな」
ブラックアウトしたままのスクリーンにウェイザーのだみ声だけが流れる。
「約束を紳士的に守っていただけなくて非常に残念だ、クラッシャーガーベイ。まあ、家族は無事に返したからオマエはそれでいいだろう?その代わりに『真の碧』とミス・ブルーはいただいてゆく。これくらい持って帰らないと俺の首も危ねェからな」
各宇宙船にもウェイザーの通信は流れているらしい。ガーベイが頬をふるわせて、唇を噛み締めている。
「と、いうワケで人命最優先の連合宇宙軍様も、こっからは大人しく道を開けて通してくださいよ。今からきっかり一時間、この宙域から絶対に動かないように。この約束までも破ったら……わかってるだろうな?ガーベイ」
「連合宇宙軍を目の前にして逃亡できると思ってるのか?ステーションの内部調査やおまえたちの各拠点を捜索すれば、証拠は確実に上がってくる。これ以上罪状を増やしたくなければ、今すぐにミス・ブルーと『真の碧』を解放して投降するんだ!」
<アカツキ>のユウキ大尉の硬い声が通信機から流れた。
「人質の交渉には『信用』というものが大事なんですよ?ユウキ大尉。海賊相手とは云え、連合宇宙軍様がそれを裏切るような交渉に出て人命が失われたとすれば世間がどう思いますかねェ?あんたはもちろんのこと、トップの連中の首だって危うい。俺たちは寛大にも、一度信用を失ったあんた方にもう一度チャンスを与えてるってェ訳だ。海賊に二度の裏切りは通用しませんよ」
ウェイザーの低い凄みのあるセリフに、ユウキ大尉も思わず口をつぐんだ。
「まあ、安心してください。『真の碧』さえ手に入ればミス・ブルーは無事にお返ししますよ。俺達としても、いつまでも連合宇宙軍の海賊担当さん方に追っかけられるのは迷惑だ。そこんとこご理解の上、よろしくご協力くださいよ」
ウェイザーは勝ち誇ったような笑いさえ含ませ、一方的に通信を切った。


「最悪の事態になりました……」
しばらくの沈黙の後、ユウキ大尉が苦虫を噛みつぶしたような表情で言った。
「子供を人質に取られたので、ミス・ブルーが自ら投降したんだ。俺の責任だ、本当にすまない」
ガーベイが片手で顔を覆い、がっくりと肩を落とした。全身から漂う疲労の色が濃い。
「この際、責任の有無を言っても始まりません。とりあえずここは海賊の要求を一時的に呑むしかないでしょう」
「ミス・ブルーと『真の碧』を渡すと言うのですか!?」
それまで黙っていた<ディアニクス>のアレフ中尉が震える声で叫んだ。
気まずい雰囲気が各艦のブリッジに漂った。

その時、<ミネルバ>に通信が入った。
「タロス!聞こえるか?」
ジョウの切迫した声がブリッジに響く。
「ジョウ!どこにいるンですかい?」
タロスとリッキーが驚いてシートから身を乗り出した。
「海賊船を追ってステーションから出てきたとこだ」
メインスクリーンに目を凝らすと確かに<ガルドラス>を追っている小さな小型機が視認できた。質量はいいところ<ファイター>くらいの大きさだ。
「アルフィンは確かに海賊船に乗ってるんだな?」
「『真の碧』とともにヤツらの船です。今しがた海賊から通信が入りました。人命を最優先するならこの宙域から一時間は動くな、と」
「ヤツら最短のワープ可能域に向かってるハズだ。なんとかしてワープに入る前に阻止する!」
「ジョウ、<ガルドラス>にはアルフィンが乗ってるんだ!」
スクリーンに映るタロスの反応を見て、<ミネルバ>の通信バンド帯に合わせたのだろう。ガーベイが話に割り込んだ。
「知っている。みすみす連れて行かれるのを見過ごせるか!『真の碧』のケースを開けるまでは、ヤツらもミス・ブルーを殺せはしない。タロス!」
「へい」
「俺が囮でかき回すから、ヤツらのメインエンジンを一基だけぶち抜いてくれ。とりあえず、足を止めさせる」
「そんな芸当は無茶だ!危険すぎる」
ガーベイの隣で話を聞いていたアレフ中尉も声を上げた。
そんな声をあからさまに無視して、ジョウは言葉を継いだ。
「やってくれるだろ?タロス」
「やるしかない、でしょうな」
そのセリフに小型機のコクピットのジョウはニヤリと笑い、後方に光る銀色のミネルバを振り仰いだ。
「頼むぜ」
そう言って通信を切り、一気にエンジンを全開にした。


「まったくもってクレイジーです!!」
もう何度目か分からない同じセリフを、ユウキ大尉は<アカツキ>のブリッジで叫んでいた。血圧が上がっているのだろう、すっかり目が血走っている。
「人質が乗っている船を攻撃するなど、論外だ!」
「しかし、このままミス・ブルーと『真の碧』を渡すワケには……」
ガーベイが腕組みをしたまま呟く言葉に、喚くユウキ大尉の声が重なる。
「だいたいあんな小型機一機で海賊船に向かってゆくことだけでもクレイジーなのに、その上メインエンジンだけ狙い撃つなんて発想は常識を逸している!!」
「常識は……捨てたハズじゃなかったのか?」
突然、通信でタロスが割り込んできた。ユウキ大尉が思わず黙る。
「ごちゃごちゃ言ってねェで、ちと脇にどいててくれませんかね?ジョウがチャンスを作った時に、絶対に外さないポイントに居ないといけねェ」
「俺達クラッシャー仲間でもそんな賭けみたいなことはようやらんが。まあ、おまえとジョウならやるンだろうな」
さすがのガーベイも呆れたように口端をあげて笑った。
「俺たちに何かできることはあるか?」
「アラミスで挙げる祝杯の酒でも、選んでてくれ」
言い終わると同時に通信が切れた。<ミネルバ>のメインエンジンが咆哮を上げ、身を震わせるように転針する。
「常識を捨てる…自分を捨てる……」
ぶつぶつと念仏のように繰り返すユウキ大尉に向かい、モニタの中のアレフ中将がようやく落ち着きを取り戻して言った。
「ここまで来たらクラッシャー達にすべてを委ねるしかあるまい。そう、それしか我々トレビスに残された術(すべ)はないんだ」







ジョウの操る小型機に<ガルドラス>が気づいた。
「キャップ、一機ステーションから離脱して近づいてくる<ドルー>がありますが」
「なに?誰が乗ってるんだ?」
「それがいくら呼びかけても、応答がないんです」
「船に乗り遅れたヤツか?」
<ガルドラス>のブリッジは閑散としていた。
ほとんどのクルーはステーションに降りていて、臨検の準備・立会いや逃げ出した人質の追走に駆り出されていた。
ステーション内に警報が鳴った時、中央コントロール・ルームにウェイザーと居た者は数人もいなかったのだ。
あわてて発進した<ガルドラス>には通常のクルーの1/3も乗ってはいなかった。

――ジョウが……操縦してるんだわ。
キャプテン・シートの傍らの補助シートに座わらせられていたアルフィンが、小型機が映るメインスクリーンを心配そうに見上げていた。
その様を盗み見ていたウェイザーが、通信士に確認する。
「パーソナル・キーの反応はあるか?」
「いえ、ありません」
「今度の通告で応答が無ければ、撃ち落せ」
「え?」
通信士が思わず振り返る。アルフィンの顔が蒼白になったのを横目で確認し、ウェイザーはわずかに口端をあげた。

そんなやりとりがなされている間に、ジョウが乗った<ドルー>は<ガルドラス>の鼻先に廻り込んでいた。
いきなり<ドルー>の先端が光った。
「攻撃してきてます!」
「やはり、うるさいネズミがついてきているようだな。転針して撃ち落せ!」
ぐん、と唸りをあげながら<ガルドラス>が転針する。ブリッジをかすめるように<ドルー>が廻り込みながら、再び威嚇するように攻撃してきた。
「くそっ、くるくるとハエみたいなヤツだ!」
<ガルドラス>を操る主操縦士が舌打ちした。
「サイドの砲塔から狙え!」
いまいましげに怒鳴るウェイザーに通信士が応える。
「砲塔手が出払って居ないですよ」
「じゃあ、オマエが行け!」
一喝されて、あわてふためいてブリッジから飛び出してゆく通信士の代わりにウェイザーがシートに着く。
<ドルー>を追って<ガルドラス>がその巨体を捻るように転針する。その時、一瞬<ガルドラス>の船腹が<ミネルバ>の絶好の射程に入った。

「今だ!タロス」
ジョウが通信機に叫ぶのと同時に、<ミネルバ>から一条のレーザーが疾った。
狙い違わず、<ガルドラス>のメインエンジンが一基爆発する。
激しい衝撃が<ガルドラス>のブリッジを襲った。補助シートにベルトで固定されていたアルフィンもシートに叩きつけられ、一瞬気が遠くなる。
「くっそう!どこをやられた!?」
「メインエンジン被弾!完全に一基停止しました」
主操縦士が叫んだ声に重なるように機関士の悲鳴のような声が響いた。
「機関部に火災発生!消化システム稼動、確認してきます!」
転がるようにブリッジから飛び出してゆく機関士を見送ったウェイザーがその視線をアルフィンに移し、忌々しげに呟いた。
「どいつが撃ったんだ?ミス・ブルー、おまえの命も軽く見られたもんだな……」
アルフィンがふらつく頭を押さえながらもウェイザーを上目遣いに睨みつけ、毅然と言い放った。
「もう、あなた達に逃げ場なんてないのよ。観念して私と『真の碧』を解放しなさい」
ウェイザーが近づき、アルフィンの金髪を鷲掴みにして無理やり顔を上に向けさせる。
「どうやったらそんな生意気な口がきけるのかな?ミス・ブルー」
その時、またしても衝撃が走った。
ウェイザーが思わず補助シートの背に掴まり、必死で転倒を逃れる。今度はさきほどのよりも小さいが、鈍い振動がしばらく続いた。
「今度はいったい、なんだ!?」


「ブラボー!素晴らしい!」
<アカツキ>のブリッジの歓声の中、モニタからアレフ中尉の叫び声が響き渡った。
メインスクリーンを固唾を呑んで睨んでいたガーベイも、思わずガッツポーズをとる。
「信じられない。あんなことをやってのけるなんて……クレイジーだ」
呆然とスクリーンを見つめるユウキ大尉の横でガーベイが<ミネルバ>へ通信を入れた。
「タロス!歳をくっても腕に変わりはないな!」
「ぬかせ!これくらいのこたァ、クラッシャージョウのチームじゃ日常茶飯事なんだよ!」
褒められたタロスは、満更でもない調子で軽く応えた。
「で、これからどうす……」
ガーベイの言葉が言い終わらぬうちに、メインスクリーンに映るジョウの小型機がすうっと<ガルドラス>の後方に近づいた。小型機の鼻先が光ったと思った途端、<ガルドラス>の後部に突っ込んだ。
「ジョウ!」
各宇宙船のブリッジで悲鳴にも似た叫び声があがった。
タロスが素早く熱反応を確認する。爆発はしていないようだ。
「大丈夫だ。格納庫扉を先に破壊してから減速して突っ込んだようだ。爆発はしていない」
「アルフィンが絡むと兄貴、相変わらずメチャクチャだなァ……」
タロスの後ろでリッキーが、へなへなとシートに倒れこんだ。

「あれも……お宅のチームでは日常茶飯事なんですか?」
<ディアニクス>のアレフ中尉が呆れを通り越した表情で、真面目に訊いてきた。
「う―」
「誰だよ、あんなことを教えたセンセはよ……」
ガーベイも蒼白な顔のままモニタに出た。少し笑いがひきつっている。
「いや……ありゃあな、ジョウの天性のものなンだ」
タロスがその巨体を小さく縮めながら、苦しそうに答えた。
ガーベイの後ろでユウキ大尉が両手で頭を抱えている姿が見えた。
「クレイジーだ……やっぱりクレイジーなんだ」
そのつぶやきまでは<ミネルバ>には届かなかった。







格納庫には一面火の手が上がっていた。
減速して突っ込んだものの、衝撃でいくつかの燃料タンクに引火したらしい。
「うへっ。ヤバイな」
簡易マスクをつけて操縦席から飛び出したジョウは、あわてて船内への入り口付近にあるボックスを開いた。そこに設置されている消化剤の手動レバーをためらわずに引く。大量の消化剤が小型機に降り注いだ。
格納庫に大穴を開けたため、またたく間に機材や破片が宇宙空間に吸い出されてゆく。ジョウは船内に入り、非常用の遮壁を下ろして格納庫を遮断した。
「何が爆発したんだ!?」
機関部を見に行っていた機関士が通路に駆け込んできた。と、人影に気づいて振り向く。そこへジョウが間髪入れずに回し蹴りを入れた。
ぐったりと床に転がる機関士を尻目に、ジョウはブリッジへと駆け出した。

「どうなってるんだ、いったい」
ウェイザーが歯軋りしながら、船内カメラを次々と切り替えた。 機関部の他に格納庫にも火の手が上がっている。
「くそっ、この船じゃワープできん。非常用の搭載艇で脱出するしかないか」
ウェイザーはアルフィンに近づくとシートベルトを外して、無理やり立ち上がらせた。
「無駄な足掻きはやめるのね。さっき言ったでしょう?もう、あたなに逃げ道はないのよ。脱出するならひとりで行って!私はここを動かないわ」
「なに寝ボケたことを言ってやがる。この船と心中する気か?おまえが居ないとケースが開けられないだろうが!」
「嫌よ。絶対に行かないわ」
抵抗するアルフィンの首を、いきなりウェイザーが掴み上げた。
「黙ってりゃあ、いい気になりやがって。え?ミス・ブルー、何もおまえが『生きたまま』一緒に来てくれなくても構わないんだぜ?その碧い目だけ刳り抜いて持って行ってもいいし、死体だって構わない。認証パスワードなんざ、時間さえかければいくらでも解ける」
細い首を掴み上げられて苦しそうに喘ぐアルフィンの顔に、初めて怯えが走った。
「わかったか?わかったら、おとなしくついて来い」

――と、その時。
ウェイザーが何気なく横に身体をずらした瞬間、今まで身体が占めていた空間を一条のレーザーが貫いた。咄嗟にウェイザーが補助シートの陰に隠れる。
「誰だ!?」
ブリッジにたった一人残っていた主操縦士がシートから腰を浮かせた。しかしその姿勢のまま、ぎゃっと短い悲鳴をあげて身体が床に転がる。胸をレーザーで灼かれていた。

「出て来い、ウェイザー!」
ブリッジの入り口から凛とした声が響く。レイガンを構えたジョウが現れた。
ウェイザーがゆっくりとシートの陰から立ち上がった。アルフィンの腕を掴み一緒に引き上げる。頭にはレイガンを突きつけていた。
「ネズミがようやく出てきたか。よくも俺様の船をこんなにしてくれたな」
「まもなくこの宙域に連合宇宙軍の一個師団が到着する。ドギーズ・パイレーツの各本拠地にも手入れが入る筈だ。観念するんだな、ウェイザー。ミス・ブルーを離して投降しろ」
ウェイザーの額にぴたりと照準を合わせたまま、ジョウが低い声で言った。
「セオリーが間違ってはいやしねェか?要求を出していいのは人質を取ってる方だろ?つべこべ言わずに銃を捨てろ。さっきもミス・ブルーに言って聞かせたが、俺は『碧眼の虹彩』がありさえすればいい。このまま死体になったミス・ブルーを連れて帰ってもいいんだぜ?」
トリガーにかかったウェイザーの指に力が入るのが分かった。
ジョウの奥歯がぎりっ、と鳴る。
「……わかった。セオリー通りに取引しよう。『真の碧』は望みどおりくれてやる。だからミス・ブルーを解放するんだ」
「ジョウ!?」
腕を掴まれたままのアルフィンが、驚いてその碧い瞳を見開いた。
「ミス・ブルー、メタルケースを開けてくれ」
「ほお、こりゃあガーベイと違って物分りのいい兄ちゃんだな。銀河系の至宝『真の碧』もトレビス国家もクラッシャーには関係ない、か」
ウェイザーが面白そうに目を光らせて、ニヤリと笑った。
「悪いが俺はそんな石に興味はない。クラッシャーだって人命優先なのさ」
「話が早いな。さあミス・ブルー、おまえが命懸けで護ってきた『真の碧』を、また俺に拝ませてくれ」
ウェイザーがアルフィンにレイガンをつきつけたまま、近くのコンソールデスクに座らせた。アルフィンがデスクの上にメタルケースを置き、もう一度ジョウに視線を向ける。
「開けるんだ、ミス・ブルー」
ジョウが静かに言った。漆黒の瞳が落ち着いた光をたたえてアルフィンを見つめる。

――何かジョウに考えがあるんだわ。
アルフィンは碧眼をふせ、自分の左手首のブレスを外すパスワードを入力し始めた。
「少しでもヘンな動きをしたら、即座にこの金の頭を吹っ飛ばす」
ウェイザーが油断なくジョウの挙措に目を炯らせる。ジョウの小さな指の動きさえも見逃さない用心ぶりだ。
キーパンチの電子音だけがブリッジに響き渡る。ジョウのこめかみから汗が流れ落ちた。

と、甲高い警告音がしてブレスが外れ、音を立ててデスクに落ちる。その音にほんの零コンマ数秒、ウェイザーの意識が逸れた。
しかし、ジョウはその一瞬を見逃さなかった。
左手の指が掌に取り付けていたボタンに触れた。突然、ブリッジの外で大爆発が起こった。
ブリッジへ来る途中にジョウが仕掛けてきた爆弾を爆発させたのだ。
予期せぬ激しい衝撃にさすがのウェイザーも悲鳴を上げて転倒する。シートについていたアルフィンさえもメタルケースと一緒に床に投げ出された。
身構えていたはずのジョウもバランスを崩して床に手をついた。が、次の瞬間、目にも止まらぬ速さで上体を起こしてウェイザーに向けてレイガンを撃つ。ウェイザーが身体を捻って避けたが、右腕をレーザーが擦過してレイガンを取り落とした。
「くそっ!」
ごろごろと転がって左手でレイガンをすくい上げようとする。その眼前でジョウの脚がレイガンを蹴り飛ばした。
「観念しろ、ウェイザー」
ジョウがレイガンを突きつけたまま、床に転がる海賊を見下ろした。
「ま、待て。わかった、言うとおりにするから撃たねェでくれ」
「…………」
「そんな近くに銃口があっちゃあ、立ち上がれねェ」
ジョウがウェイザーの額から照準を外さないまま、一歩後ろに下がった。
「用心深い兄ちゃんだ」
ウェイザーがおどけた表情で上体を起こそうとした。と、いきなりジョウめがけてブーツの踵を蹴り上げる。靴底に仕込んであったのだろう、銀色に光る鋭利なナイフが宙を切った。
しかし、それをジョウは予期していた。落ち着いて身体を開いてウェイザーの踵をかわし、そしてためらいもなくレイガンのトリガーを引いた。
「がっ」
短い悲鳴を上げてウェイザーの身体がのけぞり、そのまま仰向けに床に落ちた。数秒痙攣した後、すぐに動かなくなった。
ジョウはゆっくりと銃口を下ろし、低い声でつぶやいた。
「おまえ達に、この『碧(ブルー)』を渡すわけにはいかないんだ」


ジョウは倒れているアルフィンの元に駆け寄った。
「アルフィン!大丈夫か?」
ぐったりとしたサファイア・ブルーのスーツを抱き起こす。
黄金色に渦巻く髪をそっとかき分けると、血の気を失った白い顔があらわれた。ジョウの問いかけに反応したのか、長い睫毛が震え、その下からゆっくりと碧い瞳があらわれた。
「……ジョウ。『真の碧』は……?」
「無事だよ。よくやった、アルフィン」
「そう……」
アルフィンは心からほっとしたように微笑む。ぐらり、と金の頭が前に落ちた。
「アルフィン!?」
ジョウがあわててアルフィンの頭を腕で支えた。長時間に渡る緊張の糸が切れたのだろう。アルフィンは気を失っていた。
部屋の片隅に転がっていたメタルケースを確認してから、ジョウは<ミネルバ>を呼び出した。
「タロス、作戦終了だ。ミス・ブルーと『真の碧』を無事保護、救援を待つ」







ジョウはふと、窓の外に目を遣った。
空一面、灰色の雲に覆われていたので気付かなかったのだが、もうとうに夕刻を過ぎているようだ。
重苦しい曇天がいっそう暗さを増して、今日の終わりを告げているようだった。
雲と同じ濃灰色に沈んでいた病室で、シーツの白さだけが淡く浮かぶ。そのシーツの膨らみがわずかに上下しているのを確認して、ジョウは安堵したように息をついた。

ジョウとガーベイの一行はタルドーの第5惑星アンティオスに降りていた。
<ミネルバ>への連絡の後<アカツキ>の連合宇宙軍が<ガルドラス>に侵入し、ジョウとアルフィンを救出した。
艦内に残っていた乗組員やステーション・Ψの海賊達は、援軍で到着した一個師団の前におとなしく投降した。
それからの展開は速かった。
ユウキ大尉の指示の元、連合宇宙軍がステーション・Ψ、そしてドギーズパイレーツの各拠点の捜索に次々と入っている。
またトレビス国軍のアレフ中尉は奪還した『真の碧』を確認して胸をなでおろし、いち早く自国への帰路へ着いていた。
本来ならばガーベイも同行して、カートランド大統領への事情説明と礼を伝えなければならないところだが、アリエスの負傷や子供たちのメンタルな治療のこともあり、とりあえず<ディアニクス>をガーベイのチームの操る<ルイーダ>が護衛して一足先に戻る事になったのだった。
アンティオスにある国立医療センターには負傷したアリエスとアルフィンが入院していた。
子供たちも一日ヘルスチェックを受けたが、身体的に問題は無かった。アリエスの頭部の怪我も軽症だったし、アルフィンも特に外傷は無いようだったが、詳しい精密検査と精神的なケアのために大事をとって入院することになったのだ。


アルフィンは検査の後、ずっと眠っているようだった。
長時間に及ぶ緊張で精神的に疲れているのだろう。薄暗い部屋のせいなのか、白い肌はいつにもまして透き通るようでアルフィンは少し儚げに見えた。
ウェーブのとれかかった金髪が白いシーツの上に広がり、金色の波のようだった。
ジョウは右手の甲をアルフィンの頬にそっと当てた。頬は思ったよりもあたたかく、そして柔らかい。
まるで壊れものに触れるかのように、ジョウはゆっくりと白い頬を優しく撫ぜ、そしてそのまま金の波間に右手を置いた。
しばらくぼんやりとアルフィンの顔を見ていたが、やがて左手で自分の額をささえ、そのままひとつゆっくりと息を吐き出した。

「まいったな……」
ジョウは疲弊していた。
体力的な問題ではない。長時間の戦闘や緊張の連続など、クラッシャーには当たり前のことであった。それらの事柄には人並み以上の耐久力があると自負さえしている。
しかし、今回は違った。自分の力がどうにも及ばないところでアルフィンを長時間危険に晒してしまった。
その焦燥や緊張が想像以上にジョウの身体をそして精神を、ひどく疲弊させていた。
以前にも同じようなことが数度あったが、自分がいちばん堪える事柄をあらためて思い知らされて、ジョウはただ愕然としていた。
しばらくの間、ジョウはアルフィンの傍らで石のように動かなかった。


アリエスの病室はひとつ上の階にあった。
部屋にノックの音が響く。そして返事も訊かずに、すっとドアが開けられた。
「あら」
ベッドをリクライニングさせて窓の外を見ていたアリエスが、驚いて声をあげた。
「起きていて大丈夫なのか?」
ジョウがゆっくりと病室に入ってきた。
「ええ、精密検査でも頭部に異常は無かったわ。気分もいいのよ。そこに座ってちょうだい」
言われたとおりにベッドの傍らのスツールに腰をかける。
「傷の具合は?」
「全治1週間程度の傷よ。こんな大仰なことしなくてもいいのに……恥しいわ」
アリエスは困ったように頭に手を添えた。包帯とネットで後頭部が処置されている。
「俺がついていながら……護りきれなくて悪かった」
ジョウが目をふせてつぶやいた。
「何を言ってるの?あなたは私たち家族を立派に救ってくれたじゃない。あんなに手のかかる子供たちをよく無事に助け出してくれたわ」
アリエスがおかしそうに微笑んだ。
「きっとあなたしか出来なかったわ。そしてジョウ、あなたが来てくれて、わたし本当に嬉しかったの」
そっとアリエスの白い手が伸びて、ジョウの頬に触れた。
「あんなに小さかったジョウがこんなに立派になって……ねえ、もっと顔をよく見せて」
「い、いいよ。たいして変わってないだろ」
ジョウが顔をわずかに赤らめて、うつむいた。
「そんな照れ屋さんなところも全然変わってないのね」
アリエスがまたおかしそうに笑って言った。
「それに……あなたにも『護るべきもの』が出来たんでしょう?」
「え?」
「わたしは気を失っちゃったからお会いしてないのだけど。あなたの大事な人がミス・ブルーの身代わりになってくれたのですって?そしてジョウは最後までそのミス・ブルーを護ったじゃない。素敵だわ」
「い、いや。彼女はただチームメイトで……その、仲間を助けるのは、あたりまえのことだ」
とうとうジョウは耳まで真っ赤になり、最後は怒ったようにつぶやいた。
「そうね」
アリエスがたまらずにくすくすと笑う。
「それで、彼女の容態は大丈夫なの?」
「もともと外傷は特に無いんだ。検査もオールクリアだ。精神的には随分疲れてるようだが」
「傍についていてあげなきゃ、だめよ」
「今、眠っている」
「あら。眠っている間こそ、傍に居てあげるのよ」
アリエスは少しムキになって、身を乗り出した。
「目が醒めた時にいちばん大切な人が傍に居てくれることほど、嬉しいことはないもの」

「あー!ジョウ兄さん、ずるーい!」
「マムを独り占めー!」
ノックなしに扉が開き、甲高い声をあげながらサラとジーナが病室に駆け込んできた。
「ちょっと!廊下を走るんじゃないって言ったでしょ」
「し、静かにしないと、他の人に迷惑だよ……」
ひそめた声で双子を叱りながら、キャサリンとクラウスも後に続いて入って来た。
「あら、みんな来てくれたの?嬉しいわ」
アリエスが華のような笑顔で子供たちを迎えた。ジョウがあわててスツールから腰をあげる。
「おいおい、みんな騒ぐなよ。マムの入院がまた延びるぞ」
ガーベイが着替えなどの荷物とジニーを両手に抱えて、笑いながら入ってきた。
「じ、じゃあ、俺はこれで」
「なんだ、ジョウゆっくりしていけよ。プリン買ってきたんだ、みんなで食おう」
ガーベイが後ずさりするジョウを止める。
「うん、ジョウ兄さんのぶんもあるよ!」
「とくべつ、一緒に食べてもいいよ!」
「あんたたち、何エラそうなこと言ってんのよ!」
「だ、だから、みんな声が大きいって……」
静かだった病室がまたたく間に賑やかになった。ジョウが慣れない雰囲気に圧倒されて、また一歩下がる。
「いや、ほんと。俺、用があるから……」
「ジョウは大事な人に付き添うのよ」
ベッドからアリエスが助け舟を出した。
「おう、そーか!ミス・ブルー、いやアルフィンによろしくな。また退院が決まったら教えてくれ」
ガーベイの挨拶を最後まで聞かずに、ジョウは軽く手をあげてそそくさと病室を後にした。

廊下に出てからも、アリエスの病室からは賑やかな子供たちの声がいつまでも聞こえていた。
ジョウは後ろを振り返り、大きく息を吐いた。そして賑やかな声が遠のいてゆくのを聞きながら、しばらく歩く。
突然、ふっと笑いがこぼれた。
「あれが、家族か……」
すっかり陽が落ちて濃紺の闇になっている窓の外に視線を向けた。そこにはただひとり、ジョウの姿だけが窓ガラスに映っている。
ジョウはゆっくりと、けれど少しだけ急ぐ気持ちで、アルフィンが眠る病室へと向った。







アンティオスのサウスゲージにあるパナ・デ宇宙港は、朝から雲ひとつない快晴だった。
亜熱帯気候にコントロールされたこの大陸は、しかしながら過ごしやすいように湿度も調整されていて頬をなぶる風が心地よい。
宇宙港の待合ロビーのテラスも観光惑星らしく様々なグリーンで彩られ、窓も開け放たれていた。

「ガーベイたちは真っすぐ、アラミスに帰るのかい?」
籐のソファの肘掛に座っていたリッキーが訊いた。
「いいや。まずはトレビスへ寄るらしい。カートランド大統領の全面協力があったからこそ、今回の作戦も遂行できたんだ。礼に寄らなきゃならんだろう」
ソファにどっかりと座り込んでいるタロスが応える。横からジョウが補足した。
「アリエスや子供たちも同行するそうだな。子供たちはすっかり旅行気分で、はしゃいでるらしい」
「ふうん。ガキは気楽でいいねェ」
「へっ。ガキのおまえに言われたかねェやな」
「なんだよ!あいつらのことを正真正銘のガキって言うんだよ!」
「そいつらとたいして変わらんと、言っとるんじゃ!」
タロスとリッキーが歯を剥きだして睨み合った。

――また、はじめやがった。
ジョウはこの爽やかなリゾート地で怒る気にもなれず、げんなりして脇に立つアルフィンに視線を移した。
「どうした?座らないのか?」
「ううん。いいの、ここで」
すっかり回復して顔色もよくなったアルフィンだったが、ロビーを行き交う人々の流れを見ながら何故かそわそわと落ち着かなかった。
実はアルフィンは緊張していた。
写真やモニタ越しに見てはいるが、直接アリエスと顔を合わせるのはこれが初めてなのだ。
ジョウの幼少時代を知る、そして彼に少なからず影響を与えた美しい女性。ジョウが夢の中で名前を呼んでいたことさえあった。(あの後のことは、やり過ぎたと少し反省している)
その女性とどのように接したらよいのか。アルフィンは妙な緊張感で朝からいっこうに落ち着かないでいた。

「いたー!ジョウ兄さん」
「あたしが先に見つけたのー!」
聞き慣れた甲高い声が、人混みの中から響いた。
それに続いてボールのように跳ねながら双子が駆けてきて、われ先にジョウの膝に飛び乗った。
「お、おい……」
「遅くなってすまんな、ジョウ、タロス」
人の波の中から、ジニーを片手に抱いたガーベイがあらわれた。後ろに小柄なアリエスの姿も見える。
どきん、とアルフィンの胸が鳴った。
何か挨拶をしようと口を開きかけた時、ふわりと目の前に黒髪がなびいた。
「まあ、こんな可愛らしいお嬢さん!」
次の瞬間、アリエスが包み込むようにアルフィンを抱きしめていた。
アルフィンはただただ驚いていた。だが、頬にふれる柔らかい黒髪と懐かしい安心するようないい香りに包まれて、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
「今回は本当にありがとう。貴女にあんな危険な役をやらせてしまって……辛かったでしょう?」
「い、いいえ。あたしが進んで志願したのですから……」
アルフィンがわずかに頬を染めながら、少し距離の空いたアリエスの顔を恥しげに見返した。
そして、また驚いたように目をまるくする。しかし、それはアリエスも同じだった。
「あら、鏡を覗いてるみたい。いいえ、あなたの方が今朝の一点の曇りのない青空のような綺麗な色だわ」
「そんな……でも本当、鏡を見ているみたいです」
ふたりの碧眼をもつ女性は、お互いの瞳をまじまじと覗きこんでいた。
「おいおい。毎日、自分の顔の中で見てるんだ。そんなに珍しいもんでもないだろう?」
傍らのガーベイが呆れたように言った。それが合図のように皆が一斉に笑った。

「ねえ、ジョウ兄さん。ここにサインちょうだい!クラスの子に自慢したいのよ」
キャサリンが嬉しそうに先日撮ったホログラム写真を示した。
「は?」
「サインー!」
「あたしもー!」
双子が訳も分からず唱和する。
クラウスがおずおずとタロスの前に立った。
「あ、あの……クラッシャータロス。ぼ、ぼくもサインもらえますか?」
「俺か?」
タロスが驚いて上体を起こした。
「はい。あの、ぼくの憧れなんです。あのダンおじさんのチームメイトで、クラッシャーの五指に入る名パイロット。タロスさんを知らない生徒はスクールには、いません」
「ほんとかよ!?」
ソファの肘掛に座っていたリッキーがどんぐり眼をくるくるとさせて驚いた。
「う、そう言われちゃあ、断れねェな」
タロスもまんざらではない表情で、おもむろにペンを取る。
「わたし、おねえさんにも、もらいたぁい!」
「うん、だってお姫様みたいに綺麗なんだもの!」
双子がアルフィンの元に駆け寄ってせがんだ。
「え?あたし?え……と、そんなァ。でも、見る目ある子たちね」
アルフィンは悪びれもせず、にっこりと笑ってペンを取った。
「おいおい」
ジョウが呆れた顔でソファから立ち上がり、逃げ出した。

「あのさァ」
リッキーがぴょんと肘掛から飛び降りて胸をそらせた。
「俺らも、サインしてやってもいいぜ」
「えー?べつにいらないわ」
キャサリンがあっさりと断った。
「な、なんだよォ!」
「だって、名前聞いたことないんだもの」
タロスが隣で腹をかかえて笑っている。リッキーが顔を真っ赤にして何か言いたそうに口を尖らせた。
「あ、あの。ぼく、もらってもいいですか?」
クラウスが小さな声で言ってペンを差し出す。
「おい坊主、なにもこいつに気を遣ってやるこたぁないぜ」
タロスが涙を拭きながら言った。
「ううん、ちがうんです」
クラウスが真面目な顔をして首を横に振る。
「このお兄さんが来なかったら、ぼくたちあんなにスムーズに脱出できなかったと思うんです。小さいけどすばしっこいし、小さいけど度胸もあるし……」
「だから!小さい小さいって言うなよ!」
リッキーが前歯を剥きだして喚いた。
「あ、ご、ごめんなさい。でも、さすがジョウ兄さんのチームメイトだなァって、ぼく思ったんです」
「……そ、そうかい。そんなに言うなら、いいよ。貸してみな」
クラウスからペンを取り上げると、リッキーは口笛をふきながら嬉しそうにキャップを外した。
その手がはた、と止まる。
「サインって……名前書くのかい?」

アルフィンにサインをもらった双子がはしゃぎながら、リッキーのサインを見に行った。
その姿をおかしそうに眺めていたアルフィンにアリエスが話しかける。
「今度アラミスに来ることがあったら、ぜひ家に寄ってね。いつでも大歓迎よ」
「ええ、喜んで!」
「今年のクリスマスはお仕事なの?皆が来てくれると子供たちも喜ぶのだけど……」
「後でスケジュールをチェックして連絡しますわ」
「そうしてちょうだい」
アリエスは嬉しそうに微笑んだ。
アルフィンはふと、気になっていたことを思い出した。
「あの……ひとつ聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「いつもクリスマスにジョウ宛にカードを送ってくださってましたよね?あれ、なぜバースディ・カードなんですか?」
「ああ」
アリエスはくすっと小さく笑って、恥しそうに言葉を継いだ。
「あれはね、ジョウが私たちの息子になった記念日なの。クリスマスの夜にわたし、約束したの。楽しい家族をいっぱいつくるから、ジョウが子供たちのお兄さんになってねって。だからクリスマスは私たちジョウ兄さんのお誕生日なのよ」
よく話の見えないアルフィンが小首を傾げた。そんな仕草を見てアリエスは微笑み、アルフィンの手を把った。
「でも、もう今年で終わりにするわ。ジョウのお誕生日やクリスマスを一緒に過ごしてくれる、こんな可愛い娘が傍に居るんだもの。わたし、貴女に会えて本当に嬉しいわ、アルフィン。どうかジョウのことをよろしくね」
「はい!」
アルフィンはなんとなく胸がいっぱいになって、アリエスの小さな手を握りかえした。


「本当に今回は助かった。ジョウと組んでなければ、あいつらを無事救出できたかわからん」
ソファから少し離れた場所で、チームリーダー同士が話していた。
「そんなことはないさ。トレビスや連合宇宙軍の協力があったからこそ、上手くいった。運がよかった」
「らしくないことを言うな。運は天に任せないんだろう?」
ガーベイが面白そうに目を細めてジョウを見る。
「……そうだな。時に自分の力ではどうしようもないこともあるが、運のせいにするつもりもない」
「おまえは今回も自分で切り開いたよ、たいしたもんだ。どうしようもない『運』ってヤツを見事に吹っ飛ばした」
「吹っ飛ばしたのは格納庫の扉だ」
ふたりは顔を見合わせ、声をあげて笑った。
「とにかく……俺たちはそれぞれの『真の碧』を護った、というワケだ」
「なに?」
ガーベイの言葉にジョウが訝しげに聞き返す。
その時、ジョウの名を呼ぶアルフィンの声が聞こえた。

「ほら、俺たちの『碧(ブルー)』がお呼びだ」
ガーベイが芝居がかった仕草で、おもむろに振り返る。
「俺たちは、あの碧眼には勝てないのさ」
ジョウの背中を軽くたたいて、ガーベイが家族の元へと脚を向けた。
しばらくの間、黙ってガーベイの後姿を眺めていたジョウはいきなり、ふっと笑って下を向いた。
そして、ゆっくりと顔をあげて仲間たちの元へと歩き出した。



<END>




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