遠くから、自分の名前を呼ぶ声がした。
アルフィンは瞬時に足を止め、振り返る。
そして、声の主を確認する間も惜しいように、今歩いてきた道を逆に走り出した。

全速力で走ってきたジョウはそれに気がつき、慌ててスピードを緩める。
――が、間に合わない。
金髪をなびかせ、胸に飛び込んできたアルフィンと小さく衝突する。

「おっと、危ないぜ。アルフィン」
反動で後ろにたたらを踏みながらも、ジョウはしっかりと彼女を抱きとめた。
かなり走ってきたのか、彼らしくもなく肩で息をしている。
「あまり・・・遠くへ行ってなくて、よかった」
「・・・ごめんなさい」
アルフィンはジョウの胸に顔をうずめたまま、小さく言った。
「さっき、痛かったでしょう?」

いつもとは違う、愁傷な態度にいささかジョウはとまどっていた。
「いや。俺の方も悪かった・・・。もう、怒ってないのか?」
内心、ほっとした気持ちで金髪に覆われた顔を覗き込む。
「・・・怒ってるわよ」
アルフィンはようやく上げたその碧い瞳で、睨む。
「いつも肝心なとこ、はぐらかして。煮え切らないその態度」
「う・・・」ジョウはわずかにたじろぐ。さっきも聞いたような台詞だ。
「でもね・・・」ふたたび、その小さな金髪の頭を横に向け、そっとジョウの胸にあてる。
呟くように小さな声で言葉を続けた。
「わかったの。そんなところも全部ひっくるめて、好きみたい」

ようやく収まってきた胸の動悸が、また激しくなってきた。
なんで彼女は、いつもこんなに素直にストレートなんだろう。羨ましいかぎりだ。
ジョウは言葉の代わりに、アルフィンを抱く腕に力をこめた。

アルフィンはその腕の強さと、伝わってくるジョウの胸の動悸に驚いて、わずかに顔を上げてみる。
視界に入る首筋が赤くなっている。
「見なくて、いい」
ジョウの大きな手がアルフィンの小さな頭を押さえる。
照れ屋な彼の顔を想像して、小さく笑った。

「ジョウは?私のこと好き?」
今まで何度、この質問をしただろう?でもいつも飽きることなく、訊いてみる。
と、ジョウが頷くのが分かった。
「ほんと?」アルフィンの声が浮き立つ。こんな素直に反応が返ってくるのは珍しい。
「どこが好き?」
「へ?」これは想像していなかった質問に、一瞬うろたえる。
しかし、一日のうちに二度目の同じ質問。練習済みだ。
「碧い…瞳かな」
「え〜?瞳だけぇ?」アルフィンが不満そうに身をよじる。
「い、いや……」予想と違う反応に、また慌てる。
(なんだよ、シュミレーションとちがうぜ…)

「あたしは全部、好きなのにぃ」頬をふくらませて、碧い瞳を上げる。
その宝玉のように煌く瞳を覗き込んで、ジョウは言った。
「特に、だよ」そして腕をほどき、照れ隠しにアルフィンの背中を軽く押す。
「さ、ミネルバに帰るぞ」促すように歩き出した。

(んもう、いいムードだったのに)

頬をふくらませたまま、慌ててジョウの後を追うアルフィン。
でもその頬は、ほのかに薔薇色に上気して嬉しそうだ。
いつもとは少し違う、彼なりの率直な反応を見せてくれたからだった。
さりげなく、ジョウの左腕に自分の右腕を絡ませる。
ジョウは気づかない振りをして、そのままにさせておいた。

あたりはすでに夕暮れ近く、空は薄青から淡い赤紫へと色を移している。
最後の陽の光が二人の影を長く地面に描く。
その黒い影は今、仲良く寄り添って付いて来ていた。






「ねえ」アルフィンはジョウの腕に甘えてぶらさがるようにして、訊いた。
「ジョウの<運命>って、決まってる?」
「運命?」
なんだ、そりゃと眉根を寄せながら、ぶっきらぼうに答える。
「俺はクラッシャーだ。それが運命だろ」
「そうよねぇ…」質問しておきながらも、予定通りの答えに頷くアルフィン。
「じゃあ、その<運命>の中に、あたしは居る?」
「あたりまえだろ、俺ひとりでやってる訳じゃない。チームでやってんだぜ」
何を今さら、とジョウは続けようとしたが、その言葉はアルフィンに遮られた。
「ううん、そういうことじゃなくて」焦れったそうに、かぶりを振る。
「ずうっと…その、一緒に居られるのかな、って」

さすがのジョウも、今度はアルフィンの言っている意味が理解できた。
また顔が赤くなってくるのが、分かる。
アルフィンが脇から覗き込んでくるのも感じた。
いつもなら、ここで曖昧にしてしまうところだ。しかし、今日は色々と『勉強』した彼である。
迫り来る夕闇が、顔の表情を見えにくくしているのも手伝って、ジョウはぼそりと呟いた。
「居てくれるんだろ」
「え?」
「俺の<運命>の中に、居てくれるんだろ?ずっと」
ジョウは正面を向いたまま、ゆっくりと言葉を継いだ。

アルフィンは見開いていた碧い瞳をきらきらと輝かせて、答えた。
「もちろん!もう、最初から決めてたもの。ずっと居座るつもりよ!」
嬉しそうに身体を摺り寄せ、長い金髪がふわりとジョウの肩にかかる。
「本当かよ…」
ジョウはちょっと困った顔をしてみせたが、その黒い瞳は笑っていた。

嬉しそうにはしゃぐアルフィンを眺めながら、こんなことで喜ぶのならいつももう少し言葉があっても良かったのかな、と正直に思う。
「なんだか、初めてじゃない?ジョウが、こんなこと言ってくれるのって」
「そ、そうかな?」とぼけて答えるジョウ。
(そうよ!今日はいつもとなんか、違うわ。でも…嬉しい)

嬉しさに足取りも軽やかなアルフィンには、年相応の少女っぽさが垣間見える。
とても<命懸けの恋>をしているようには見えない。
細い一筋残った夕陽の光が、彼女の碧い瞳と金色の髪を一瞬、輝かせる。
そんな横顔を眩しそうに眺めながら、ジョウは本当に自然に言葉を口にした。

「知らなかったかもしれないけど」小さくかぶりを振る。
「俺も、アルフィンには命懸けなんだぜ」
そしてとっておきの秘密をしゃべってしまった少年のように、悪戯っぽく笑った。

予想もしていなかった台詞に、思わずアルフィンは立ち止まった。
嬉しい気持ちは目一杯なのだが、哀しいかな、いつもと違うジョウの様子の方に気がいってしまう。
「だ、大丈夫?熱でもある?階段から落ちて頭なんか、打ってない?」
「うー」ジョウは唸った。
またまた首まで赤くなりながら、ジョウは心に誓った。やっぱり柄に合わないことはよそう、と。
ふてくされて、すたすた歩くジョウを慌ててアルフィンが追う。
「ああん、ごめん。待ってよ!」

追いついてきて、ジャケットの裾をつかむ。
ジョウはちょっと意地悪く、そっぽを向いて歩き続ける。
「ねえ。怒らないで」
必死に歩調を合わせ、覗き込むそのコバルトの瞳は潤んで今にも泣き出しそうだ。
(だめだ。やっぱりこの瞳には勝てない)
ジョウは立ち止まり、肩をすくめて笑ってみせた。
「怒ってやしない」
そして手を廻して、アルフィンの細い肩を抱き寄せる。

最後の陽の光は地平線に吸い込まれ、あたりを群青の夕闇が覆った。
まだ薄青が残る空に、この惑星の月が透き通るように白く、ぼんやりと浮かび上がる。
アルフィンの肩を抱いた手を離さず、ジョウはゆっくりと歩き出した。
いつしか重なった、ふたりの<運命>の道程を確かめるかのように。

いくつかの光の強い星が、紺碧の天空に手招きするように瞬きはじめた。
ジョウは懐かしそうに目を細めて、その夜空を仰ぐ。

「さあ、帰るぞ。明日はもう、宇宙だ」


<END>




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