タロスはコーヒーを淹れにキッチンへ向かおうと、廊下へ出た。 と、突き当りのリビングから何かが割れる音が聞こえた。 首をめぐらすと、リビングのドアの前に小柄な影が見える。 「どうした?リッキー」 その姿に訝しげに声をかけて、近づいた。 「あ、タロス」 リッキーは振り返り、ほっとした表情を浮かべて言った。 「よかったー。今どうしようか悩んでたんだ。いや、リビングが騒々しいから来てみたらさあ」 ちら、とリビングのドアに視線をやる。 「なんだかまた兄貴とアルフィンが、もめてるみたいなんだ」 ああ?とタロスは小柄なリッキーをどけて、リビングに向かおうとする。 「い、いや!やめといた方がいいよ!今日のはまた一段と激しいんだ!あぶないよ、命にかかわる」 「まじか?そんなにすげェのか?」 「ああ。今日のは度を越してる。俺らもここで10分以上機会を伺ってるけど、とても入れないよ」 命知らずのクラッシャー達とは思えない、ふたりの怯えようであった。 中からまた派手な音が聞こえた。かなり重いものまで投げているに違いない。 それにアルフィンの甲高い罵り声が重なる。 そこへ今度はドンゴがキャタピラをシャリシャリといわせながら、近づいて来た。 「キャハ?フタリトモ何ヤッテルンデス?」 ふたりは同時に振り返り、こいつがもしかしたら仲裁に入れるかも、と目を輝かせた。 「ド、ドンゴ。いいとこに来た。ちょっとリビングのふたりの様子を見に行ってくれないかなあ?」 リッキーが伺うように、ロボットに愛想笑いをした。 「フタリノ様子?」 「ああ。ちょっとジョウとアルフィンがな。もめてんだ」 タロスも凄みのある顔を情けなさそうに歪めて、笑った。 「マタデスカ?ソレハイクラワタクシデモ、ドウニモ対処デキカネマス」 ドンゴは迷惑そうに、あっさりと断った。 「男女ノ関係ハ、ワタクシノ優秀ナ頭脳ヲモッテシテモ、解決デキマセン」 「わかったようなこと、ぬかしやがって」タロスが毒づいた。 「ソレニじょうニハ、『女難ノ相』ガミラレマス」 「へ?」ふたりが声を揃えて聞き返した。 「キャハ。ワタクシ最近、ぎゃらくしーほろすこーぷヤふぃじおぐなみーニ凝ッテマシテ」 「ふぃじおぐなみー?ってなんだよ?」 リッキーが聞きなれない言葉にとまどう。 「りっきーノ頭デモ分カルヨウニ言ウト、人相学デス」 ドンゴがもったいぶって説明した。 「じょうハ生年月日、オヨビ人相学的ナ見地カラミテモ、仕事運ヤ総体運ハスコブルイイノデス」 「ほお」タロスとリッキーは顔を見合わせて、感心する。 「但シヒトツダケ。『女性運』ダケハ、決シテイイトハ言エマセン」 「俺ら、それよく分かる気がするよ」 リッキーは腕組みして、何度も大きく頷いた。 「確かに兄貴って、モテるけどさあ。寄ってくる女性がちょっと面倒っぽいんだよねー」 もっともらしく顔を歪めて言う。 「へっ。ガキのおまえなんか寄ってこられる以前の問題だから、そんな悩みもなくていいやな」 タロスが嘲笑うように目を細めた。 「なんだよ!タロスだって、そんな顔してエラそうに言うなよ!」 リッキーが前歯を剥き出して、喚いた。 と、突然リッキーは思いついたように、ドンゴの方に首をめぐらす。 「それって、俺らたちのことも調べられんの?」 「勿論デス。ワタクシノ豊富ニ蓄積サレタでーたト照合スレバ、問題アリマセン」 ドンゴが胸をはって答えた。 「じ、じゃあ、俺らの『女性運』ってどうかなあ?」 彼らしくもなく、頬を少し赤らめながら訊く。 ドンゴの頭部のLEDランプが一時激しく点滅した。 しばらくした後、結果がでた。 「キャハ。りっきーノ生年月日オヨビ人相学的見地カラミルト、ソンナニ悪クハアリマセン。大キナ障害モナク、恋愛モ順調ニススムデショウ。但シ、ソレハ身長ガ170せんちヲ越エタ場合」 「ほんとかよ!?やったぜ!」リッキーは指を鳴らして単純に喜んだ。 「アホ。身長が170センチを越えたらだろ?ドンゴ、その可能性は?」 小躍りしているリッキーを尻目に、タロスが腕組みして冷静に訊いた。 「キャハハ。りっきーノ身長ガ170せんちヲ越エル可能性ハ、今ノトコロ16ぱーせんと」 なんのためらいもなく、無情にもドンゴはきっぱりと答えた。 「なんだよ!それ!」リッキーが目を剥いて喚いた。 隣ではタロスが腹を抱えて、大笑いしている。 「くっそお。じ、じゃあ、タロスの『女性運』はどうなんだよ!?」 リッキーは苦し紛れにドンゴに向かって喚いた。 「よせ、ドンゴ。俺のはいい」 タロスがあわてて止める。しかし、すでにドンゴのLEDランプは点滅し始めていた。 「いいじゃん。今までの様々な事柄を思い出して反省してみるってのも、悪くないよ。タロス先生」 リッキーが仕返しをしようと、意地悪く促した。 と、ドンゴが得意気にしゃべり始める。 「たろすノ女性運ハ、驚クホドイイデス。相性ノ良イ女性ニ恵マレ、幸セナ恋愛ガススムト思ワレマス」 意外な結果に、リッキーがどんぐり眼を見開く。 「ほんとかよ!?だって、今は女の影も形もないんだぜ?」 「ほっとけ!」 柄にもなく、顔を赤らめタロスがリッキーの頭をこづいた。 そうしながらも、そんなにいい思いはあんましした覚えはねえけどな、と独りごちる。 そんなタロスの思惑をよそに、ドンゴが説明を加えた。 「シカシ、今ノ結果ハたろすガ大事故ニ遭ウ前ノ人相カラ、ハジキダシテイマス。現在ノ人相デハ、ワタクシノ豊富ナでーたヲ持ッテシテモ解析不能。キャハハ」 ふたりはお互いの顔を見合わせた。 そして胡散臭そうに、チームメイトのロボットを見下ろす。 「なんだか随分といい加減な答えだぜ」 タロスが凄みのある顔で、睨みつける。 「ほんと。ちゃんと全てのデータが揃ってんのかよ!」 ふたりで同時に合金のボディを蹴った。 たまらず、ガシャガシャとドンゴが廊下に倒れる。 「キャハ。訊カレタカラ、答エタノニ」ぶつぶつと呪いの言葉を吐き出している。 「まあ、それよか自分のことを心配した方がいいな」 タロスが面白そうに目を細めて、リビングの方に顎をしゃくった。 「あそこの片付けをさせられるのは、目に見えてる」 「そーだよ!もう30分以上、やってるかんね!リビングめちゃくちゃだよ、きっと」 リッキーも面白そうに後を引き継いだ。 「キャハ。ワタクシメニ依頼ガクル可能性……」 ドンゴが冷静に自己状況分析を始める。 「99ぱーせんと」 ふたりのクラッシャーは申し合わせたように、吹き出した。 「やっぱりねー!修理に必要な工具、出しといたほうがいいぜ」 リッキーが片手をひらひらと振りながら、片目をつむって言った。 「まあ、最後の1パーセントを神に祈るんだな」 タロスも口の端をにやりと上げて、ドンゴを見下ろした。 「キ、キャハハ。ソウダ。格納庫デノ仕事ガ残ッテイタッケ……」 あわててドンゴは方向転換をして、廊下を走り出した。 いつのまにか、キャタピラを車輪走行に変えている。 ドンゴの擬似思考回路は機械史上はじめて、『神』に祈っていた。 しかし、そんなドンゴの願いは『神』へは届かなかった。 ――リビングを完全に元通りにするのに銀河標準時間で8時間がかかった。 |
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